ギルド資材搬出口でのやり取り
「エルデ、クーユータをギルドの資材搬出口に向けてください」
「了解っす!」
エルデがグリップアームを軽く引き、フットペダルを踏み込む。クーユータは静かに方向を変え、ドッグ内の搬出口へと接近していく。
数秒後、定位置に収まると、クロがちらと振り返った。
「通信を繋いでもらえますか」
「任せてくださいっす」
エルデが操作パネルに手を伸ばし、ギルド側の資材搬出窓口へ通信リンクを確立する。すぐに馴染みのある、やや癖のある男性の声がホログラムから響いた。
『こちらギルド資材倉庫……って、なんだ? 初めて見る戦艦だな』
「お久しぶりです。クロです」
一言だけ柔らかく告げると、通信先の相手が一拍置いてから声を上げる。
『お、お前さんか……いや、ほんと驚かされるな。なんだその戦艦……見た目が棺桶みたいじゃねぇか』
クロは苦笑を浮かべつつ、落ち着いた口調で返す。
「言いえて妙ですが、棺桶じゃありません。どちらかというと――ベッド、ですかね」
言葉のあと、通信の向こうが一瞬静かになり、そして豪快な笑い声が返ってきた。
『なるほどな、なるほど! お前さんの機体なら、たしかに“ベッド”って言った方がしっくりくるかもしれねぇな』
「はい。寝心地は、悪くありませんよ」
通信越しに、ひときわ大きな笑い声が響く。ひとしきり笑ったあと、ようやく声が落ち着いた頃を見計らい、クロが改めて話を切り出す。
「それで今回、グレゴさんから依頼を振られまして……」
『ああ、聞いてる聞いてる。ノードスパイアの件だろ? お前さんが来るって聞いて、てっきりコンテナに積んで運ぶもんかと思ってたんだが……“運搬不要”って言うから、てっきり手に抱えて持っていくのかと』
「それも悪くないですが、今回は戦艦で運ぶことにしました」
『なるほどな……まさか、戦艦まで手に入れてたとはな』
「はい。でも、いずれ手で運ぶ機会があるかもしれませんね。ちょっと面白そうですし」
『ははっ、それはそれで絵になるが……お前さんの場合、シャレにならねぇからな。冗談が冗談で済まなくなるタイプだろ』
くだけたやりとりの中には、どこか安心感のある信頼と、長年の付き合いからくる気楽さがにじんでいた。
「そう言えば、お名前をうかがってませんでしたね」
『あ? そうだったか? 俺はゲンダ。ゲンさんって呼んでくれて構わねぇよ』
「では、ゲンさん。これからノードスパイアの受け取りに入ります。ただ、こちらの戦艦での依頼対応は今回が初めてなので、もし搬出に問題があれば教えていただけますか?」
『了解。そんじゃまず、そっちの搬出入口を、こっちの搬出口の位置に合わせてくれ。位置情報はすでに送ってある』
「わかりました。エルデ、搬出口の位置、確認できてますか?」
「はいっす! 表示されてるっす!」
エルデは操縦席に座ったまま、グリップアームとフットペダルを繊細に操作していた。クーユータの機体がゆっくりと滑るように動き、徐々に目標の位置――ギルド側の搬出口へと接近していく。さらに戦艦を180度回転させ、クーユータの搬出入口を相手側と正確に合わせるべく、角度と距離を微調整していく。
「宇宙空間じゃないと、この格好はできませんね……」
ふと呟いたエルデの言葉に、クロの肩に乗っていたクレアが静かに頷く。
「そうですね。重力下では、こうはいきません」
その目は、操作に集中するエルデの背中をじっと見つめていた。
ブリッジの通信ホログラムには、資材倉庫の担当であるゲンの姿が浮かんでいる。その口調はくだけていながら、細かな指示が次々と飛んできた。
『もっと右……いや、そっちは左だ。……もうちょい下げて……って、今度は下げすぎだ』
「ひぃ……はいっす!」
エルデは額に汗をにじませながら、言われた通りにクーユータをわずかずつ動かしていく。船体の揺れを最小限に抑えながら、丁寧に――慎重に。
『もうちょい前……そう、そのまま……ストップ! ぴったりだ!』
「……ふゅ~~~っ。難しいっす……」
大きく息を吐いたエルデの肩が、ほんの少しだけ下がった。
『いやいや嬢ちゃん、初めてにしちゃ上等だ。大したもんだよ』
ゲンの声には、冗談混じりながらも明らかに評価する色が含まれていた。
『よし、そのまま動くなよ。今から資材搬出ブリッジを伸ばす。少し揺れるが、気にすんな』
「了解っす!」
エルデは再び背筋を伸ばし、ホログラフィックモニターに映る搬出ユニットの展開指示を目で追う。その横顔には、先ほどまでの緊張とは違う、わずかな自信の色が浮かび始めていた。
そして数秒後、ブリッジが船体に接続される感覚が伝わる。船体がわずかに揺れた直後、サブモニターに“接続完了”のマークが表示された。
『よし、なら搬入を開始する。そのまま動かないでくれよ』
その合図とともに、ノードスパイアが次々と送り込まれていく。接続部のホログラムには、ギルド職員がカーゴベイに機器を丁寧に運び込む様子が映し出されていた。
――数分後。ステータス画面に「搬入完了」の表示が灯り、通信越しにゲンの声が入る。
『よし、作業完了。ハッチ閉鎖を確認、これよりブリッジを解除する。……動かすなよ? 下手にズレたら大惨事だ』
「了解っす。固定、確認済みっす!」
クーユータの外縁部では、資材搬出ブリッジの収縮アームが音もなく滑り戻っていく。映像の中で構造体が離れていくのを確認しながら、クロが一言、通信に応じた。
「ありがとうございます、ゲンさん。スムーズでしたね」
『おう。あとは任せたぞ』
柔らかく返されたその声には、安心と、ほんの僅かな緊張の残響が混じっていた。クロが静かに礼を伝えると、振り返ってエルデへ指示を出す。
「エルデ、コロニーからゆっくりと離脱してください。その後、スパイア設置ポイントへ向かいましょう」
「了解っす!」
操縦席で気合を入れ直したエルデが、ゆっくりとスラスタを点火させる。機体が滑るようにコロニーを離れていくのを見届けながら、ゲンの声が通信越しに響いた。
『気をつけてな。……頑張れよ』
「はいっす! ありがとうございましたっす!」
にこやかに答えるエルデの声とともに、クーユータは静かにコロニーを後にする。視界には再び、広大な宙域と、行く先にある目的地だけが広がっていた。