長い名前ドリンクとチーム名
そう言って、今度は甘く爽やかな香りがふわりと広がるジュースを抽出し始めるアヤコ。背後では、まだ酸味の余韻に顔をしかめているエルデが、口をすぼめたまま唐揚げをつついていた。
アヤコは液晶パネルを軽快に操作し、次の“面白そうな項目”へとカーソルを移動させる。
「じゃあ次は……これなんてどう? “長い名前シリーズ”っていう、やたらと名前が長いだけの変なやつがあったんだよ」
抽出ボタンを押すと、ドリンクメーカーから細い流れがコップへと注がれる。見た目は――何の変哲もない、普通のジュース。香りも穏やかで、先ほどの罰ゲームドリンクのような警戒感は微塵もない。
エルデは怪訝そうに、コップの中をのぞき込む。
「……名前は、なんっすか?」
アヤコは得意げに胸を張り、やけに芝居がかった口調で答える。
「クラフトアールグレイミルクティー・永遠にたどり着けない理想」
一瞬の間を置いて、エルデが眉をひそめる。
「……最後の、いるっすか?」
アヤコはしたり顔で胸を張り、「響きが大事なんだよ」とドヤ顔。クレアは「なんかカッコいいじゃないですか」と半分本気、半分からかいのフォローを入れる。そのやり取りに、エルデは呆れ笑いを漏らし、自然と場が和む。
そして全員に飲み物がいきわたると宴が始まる。
「カンパーイ!」
コップ同士が軽やかに触れ合い、澄んだ音が弾ける。揚げたての唐揚げからは、パリッとした衣の香ばしさと肉汁の匂いが立ち上り、ソーセージの表面では脂がじゅわっと弾け、香りが空気を満たす。グラスの中のジュースは氷がカランと鳴り、ひんやりとした冷気を指先に伝えてきた。
エルデは勢いよく唐揚げを頬張り、熱さに目を見開く。
「んんっ! あっつ……けど、うまっ!」
口の中に溢れる熱々の肉汁をもぐもぐしながら、すぐ横のクレアは小さな前足でサラミをつまみ上げ、器用に口へ運んでいる。クロはミルクティーを一口。ふわりと広がるベルガモットの香りに、ほんのり甘いミルクが溶け合い、目を細める。
(……普通に美味しいですね)
無表情ながら、心の中ではしっかり合格を出していた。
アヤコはというと、新しいドリンクを次々に抽出し、「次はこれ! “トロピカルマンゴー・虹色の裏切り”!」と、やたら長い名前を得意げに読み上げては皆に配る。そのたびに、飲む前のエルデが「絶対ヤバいやつじゃないっすか」と身構え、飲んだ後には大げさなリアクションを取って場を沸かせる。
笑い声と食器の音、ドリンクメーカーの抽出音が絶え間なく響く中、時間はゆるやかに流れていった。
クロはふと視線を巡らせ、頬を赤らめて談笑するアヤコ、無邪気に食べ続けるエルデ、そして満足げにおつまみをつつくクレアを見て、胸の奥にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。
(……悪くないですね、こういうのも)
夜はまだ、始まったばかりだった。
唐揚げを頬張っていたクロが、ゆっくりと咀嚼していると――エルデがふいに「あっ」と小さな声を漏らし、コップをテーブルに置いた。
「そういえば……クロの姉御、チーム名って決まったっすか?」
その一言で、クロの手がぴたりと止まる。箸の先で唐揚げをつまんだまま、じっと考え込むように視線を落とした。
「……忘れてました。どうしましょうか?」
「え? チーム名?」
事情を知らないアヤコが、グラスを持つ手を止めて首を傾げる。
エルデは背もたれから身を乗り出し、両手をひらひらさせながら説明を始めた。
「クロの姉御と自分でチームを組むことになったっすけど、まだ名前が決まってないんすよ」
言い終えるや否や、にやりと口角を上げる。
「で、自分は“マックロ”が良いと思うんっすけど」
そのネーミングに、アヤコは思わず吹き出し、クレアは口元を前足で押さえて「面白いですよね」と笑いをこらえる。一方、クロは無言でエルデを見つめ――ほんのわずかに眉をひそめた。
(……人のことは言えないな。俺も最初は、似たような安直な名前を考えていた)
そう内心で苦笑しながらも、表情はやや真剣な色を帯びていく。
(そもそも俺は何がしたかった? ――自由に、生きたい。何者にも縛られず、日常を送りたい。それが理由だった)
視線を落とし、唐揚げを箸でつまみながら思考を巡らせる。
(だが……バハムートという存在は、同時に大きなメリットであり、重いデメリットでもある。ハンター以外で食えるとは、正直今でも思えない)
そこでふと、周囲の気配に意識が向く。
(……今はどうだ? 家族がいる。信頼できる仲間や知り合いもいる。アヤコ、シゲル、クレア、エルデ……そして、グレゴやノア、オンリー、ノーブル。自由も日常も、今はこの手の中にある)
静かに息を吐き、クロは顔を上げた。
「……ブラックガーディアン」
「ブラックガーディアン?」
アヤコが不思議そうに繰り返す。
クロは頷き、声色をいつもの淡々とした調子から、どこかバハムートとしての威厳を帯びたものに変える。
「もともと俺は、ただ自由に生きたかった。日常を送りたかった。それは今、叶っている。アヤコやシゲル、クレア、エルデという家族を得た。グレゴやノア、オンリー、ノーブルといった仲間もできた。……俺は今、自由に生きている」
テーブルを囲む面々は、言葉を挟まずに耳を傾ける。クロはゆっくりと周囲を見回し、続けた。
「なら、次はどうしたいと思った時……守りたいと思った。家族を。仲間を」
「だから、ガーディアン?」
アヤコが確認すると、クロは力強く頷く。そして、アヤコ、クレア、エルデ――一人ひとりと視線を合わせる。
「そうだ。俺には力がある。それも、絶大な破壊の力だ……だが、力は破壊するだけのものじゃない。守るためにも使える。ハンターのようにな。……俺の名前のクロも入って、ちょうどいいと思わないか?」
短い沈黙ののち、アヤコがゆっくりと口元をほころばせ、クレアは真剣な眼差しで頷いた。エルデは胸を張り、小さく「いいと思うっす」と呟く。その一言が、場の空気を静かに温めた。