表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
345/475

長い名前ドリンクとチーム名

 そう言って、今度は甘く爽やかな香りがふわりと広がるジュースを抽出し始めるアヤコ。背後では、まだ酸味の余韻に顔をしかめているエルデが、口をすぼめたまま唐揚げをつついていた。


 アヤコは液晶パネルを軽快に操作し、次の“面白そうな項目”へとカーソルを移動させる。


「じゃあ次は……これなんてどう? “長い名前シリーズ”っていう、やたらと名前が長いだけの変なやつがあったんだよ」


 抽出ボタンを押すと、ドリンクメーカーから細い流れがコップへと注がれる。見た目は――何の変哲もない、普通のジュース。香りも穏やかで、先ほどの罰ゲームドリンクのような警戒感は微塵もない。


 エルデは怪訝そうに、コップの中をのぞき込む。


「……名前は、なんっすか?」


 アヤコは得意げに胸を張り、やけに芝居がかった口調で答える。


「クラフトアールグレイミルクティー・永遠にたどり着けない理想」


 一瞬の間を置いて、エルデが眉をひそめる。


「……最後の、いるっすか?」


 アヤコはしたり顔で胸を張り、「響きが大事なんだよ」とドヤ顔。クレアは「なんかカッコいいじゃないですか」と半分本気、半分からかいのフォローを入れる。そのやり取りに、エルデは呆れ笑いを漏らし、自然と場が和む。


 そして全員に飲み物がいきわたると宴が始まる。


「カンパーイ!」


 コップ同士が軽やかに触れ合い、澄んだ音が弾ける。揚げたての唐揚げからは、パリッとした衣の香ばしさと肉汁の匂いが立ち上り、ソーセージの表面では脂がじゅわっと弾け、香りが空気を満たす。グラスの中のジュースは氷がカランと鳴り、ひんやりとした冷気を指先に伝えてきた。


 エルデは勢いよく唐揚げを頬張り、熱さに目を見開く。


「んんっ! あっつ……けど、うまっ!」


 口の中に溢れる熱々の肉汁をもぐもぐしながら、すぐ横のクレアは小さな前足でサラミをつまみ上げ、器用に口へ運んでいる。クロはミルクティーを一口。ふわりと広がるベルガモットの香りに、ほんのり甘いミルクが溶け合い、目を細める。


(……普通に美味しいですね)


 無表情ながら、心の中ではしっかり合格を出していた。


 アヤコはというと、新しいドリンクを次々に抽出し、「次はこれ! “トロピカルマンゴー・虹色の裏切り”!」と、やたら長い名前を得意げに読み上げては皆に配る。そのたびに、飲む前のエルデが「絶対ヤバいやつじゃないっすか」と身構え、飲んだ後には大げさなリアクションを取って場を沸かせる。


 笑い声と食器の音、ドリンクメーカーの抽出音が絶え間なく響く中、時間はゆるやかに流れていった。


 クロはふと視線を巡らせ、頬を赤らめて談笑するアヤコ、無邪気に食べ続けるエルデ、そして満足げにおつまみをつつくクレアを見て、胸の奥にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。


(……悪くないですね、こういうのも)


 夜はまだ、始まったばかりだった。


 唐揚げを頬張っていたクロが、ゆっくりと咀嚼していると――エルデがふいに「あっ」と小さな声を漏らし、コップをテーブルに置いた。


「そういえば……クロの姉御、チーム名って決まったっすか?」


 その一言で、クロの手がぴたりと止まる。箸の先で唐揚げをつまんだまま、じっと考え込むように視線を落とした。


「……忘れてました。どうしましょうか?」


「え? チーム名?」


 事情を知らないアヤコが、グラスを持つ手を止めて首を傾げる。


 エルデは背もたれから身を乗り出し、両手をひらひらさせながら説明を始めた。


「クロの姉御と自分でチームを組むことになったっすけど、まだ名前が決まってないんすよ」


 言い終えるや否や、にやりと口角を上げる。


「で、自分は“マックロ”が良いと思うんっすけど」


 そのネーミングに、アヤコは思わず吹き出し、クレアは口元を前足で押さえて「面白いですよね」と笑いをこらえる。一方、クロは無言でエルデを見つめ――ほんのわずかに眉をひそめた。


(……人のことは言えないな。俺も最初は、似たような安直な名前を考えていた)


 そう内心で苦笑しながらも、表情はやや真剣な色を帯びていく。


(そもそも俺は何がしたかった? ――自由に、生きたい。何者にも縛られず、日常を送りたい。それが理由だった)


 視線を落とし、唐揚げを箸でつまみながら思考を巡らせる。


(だが……バハムートという存在は、同時に大きなメリットであり、重いデメリットでもある。ハンター以外で食えるとは、正直今でも思えない)


 そこでふと、周囲の気配に意識が向く。


(……今はどうだ? 家族がいる。信頼できる仲間や知り合いもいる。アヤコ、シゲル、クレア、エルデ……そして、グレゴやノア、オンリー、ノーブル。自由も日常も、今はこの手の中にある)


 静かに息を吐き、クロは顔を上げた。


「……ブラックガーディアン」


「ブラックガーディアン?」


 アヤコが不思議そうに繰り返す。


 クロは頷き、声色をいつもの淡々とした調子から、どこかバハムートとしての威厳を帯びたものに変える。


「もともと俺は、ただ自由に生きたかった。日常を送りたかった。それは今、叶っている。アヤコやシゲル、クレア、エルデという家族を得た。グレゴやノア、オンリー、ノーブルといった仲間もできた。……俺は今、自由に生きている」


 テーブルを囲む面々は、言葉を挟まずに耳を傾ける。クロはゆっくりと周囲を見回し、続けた。


「なら、次はどうしたいと思った時……守りたいと思った。家族を。仲間を」


「だから、ガーディアン?」


 アヤコが確認すると、クロは力強く頷く。そして、アヤコ、クレア、エルデ――一人ひとりと視線を合わせる。


「そうだ。俺には力がある。それも、絶大な破壊の力だ……だが、力は破壊するだけのものじゃない。守るためにも使える。ハンターのようにな。……俺の名前のクロも入って、ちょうどいいと思わないか?」


 短い沈黙ののち、アヤコがゆっくりと口元をほころばせ、クレアは真剣な眼差しで頷いた。エルデは胸を張り、小さく「いいと思うっす」と呟く。その一言が、場の空気を静かに温めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ