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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
341/475

スラムの記憶

誤字脱字の修正しました。

ご連絡ありがとうございました。

何度も同じミスで申し訳ございません。

 クロは肩を落としつつ、端末を片付けながらグレゴに向き直る。


「……じゃあ、チーム名は今日一日考えて、また明日来ます」


「ああ、真面目に考えろよ」


 グレゴの念押しに軽く手を振って返事をし、クロはギルドを後にした。


 外に出ると、人工の青空が広がり、照明パネルの光が街並みを柔らかく包み込んでいた。通りには屋台や雑貨店が軒を連ね、行き交う人々の服装もどこか華やかだ。クロは足を止めず、すたすたとジャンクショップへ向かう。だが、頭の中は先ほどのやり取りの続きに占められていた。


(チーム名……バハムートズ……いや、だめだな。なんか安直すぎる。響きは悪くないんだが……)


 歩きながら眉間に皺を寄せ、頭の中で案を組み立てては壊していく。


 その横で、エルデはきょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていた。目に映るすべてが珍しいらしく、視線は常に忙しく動いている。


「綺麗っすね。スラムとは大違いっすよ」


 吐息混じりにこぼれた言葉に、クロはふと思い出す。


「そういえば、エルデは惑星にいたんですか?」


 問いかけると、エルデは首を横に振った。


「コロニーっす。ただ、こういう回転してるタイプじゃなくて……回転しないタイプっす」


「重力慣性制御……帝国らしいというか、なんというか」


 クロは顎に指を当て、少し考えるように呟く。


 その横で、エルデは淡々と、しかしどこか懐かしむように続けた。


「そのコロニーの下層を、勝手に広げた場所がスラムっす」


「……勝手に?」


 クロの眉がわずかに上がる。


「それって、普通は広げられませんよね?」


「わかんないっす。生まれた時からあった場所っすから。ただ――」


 エルデは一度視線を宙にさまよわせ、記憶を掘り起こすように言葉を探す。


「なんだっけ……近所のじいちゃんが、たしか『ここを壊したらコロニーが崩壊するよう細工してある』って言ってたような記憶があるっす」


 クロは思わず口元を緩め、軽く息を漏らす。


「……それ、ただの脅しですね」


 口元を緩めて返しつつも、視線は少しだけ宙を漂った。


(……まあ、もし本当だったら面倒な話だ。帝国の技術力なら、あながち冗談でもないかもしれない)


 そんな思考を一瞬だけ胸の奥に沈める。


「まあ、嘘つき爺さんの言葉っすから信じられないっすけど……ただ、ここと比べるとかなり汚かったっすね。今の生活から考えると、ほんと天と地っすよ」


 エルデの声色には、過去を笑い飛ばすような軽さが混じる。


「水や空気などは?」


 クロの問いに、エルデは少しきょとんとしてから、あっけらかんと答える。


「知らないっす。考えたこともなかったっすね」


「……そうですか」


 クロは苦笑を深めながらも、スラムという環境にますます興味を持ち始める。


「どんなところでした?」


 クロの問いに、エルデは「スラムっすか……」と少し間を置き、ゆっくりと言葉を選んだ。


「どんなとこって言われたら、まず汚いっすね。油が酸化したみたいな焦げ臭い匂いが常にしてて、金属の軋む音や機械の唸り声が一日中響いてるっす」


 そう言って片手を持ち上げ、指を一本折る。


「で、変な人が多かったっす」


 もう一本。


「自称天才」


 さらにもう一本。


「自称すご腕パイロット」


 指を折るたび、どこか笑いを堪えているような顔になる。


「自称S級ハンター、自称医者……とか、色々いたっすね」


 クロは半眼で聞きながら、ふっと鼻を鳴らす。


 そして最後に指を握り込みながら、少しだけ柔らかい笑みを見せる。


「でも、自分も色々教えてもらったっす」


 そう言うと、エルデの視線は遠くを見つめ、懐かしむ色を帯びた。


「そこら辺に転がってたコックピットで、シミュレーションの機動兵器操縦を教わったっす。最初は“へたくそ”って散々言われたっすけど……戦闘機の操縦は上手いって褒められたっす」


 そこで小さく笑みを浮かべ、指先で空中に戦闘機の形を描く。


「でも、なんでホバリングするんだって呆れられたっすね。いや、戦闘機が垂直にじっと立ってるのって、なんか面白くないっすか?」


「……いえ、意味はないですけど」


 クロは即答しつつ、眉だけをわずかに動かした。その表情には、心底理解できないという色がありありと出ていた。


「え~……そこでくるくる回ったりして、面白かったっすけど。まあいいっす」


 エルデは肩をすくめ、すぐに別の思い出を口にする。


「後は、自称格闘家の爺さんが“護身術だ”って言って、格闘技を教えてくれたっす」


「続けなかったんですか?」


 クロの問いに、エルデはバツの悪そうな笑みを浮かべ、視線を少し下に逸らした。


「……折っちゃったっすよ。その自称格闘家の右腕」


 クロが瞬きを一度する間に、エルデは両手で当時の動きを再現する。


「相手が殴ってきたら、その腕を取って――こう殴れ、って言われたっす。それで言われた通り思いっきりやったら……“ボキッ”って」


 指先で小さく折れる音を真似しながら、肩をすくめる。


「大丈夫だから思いっきり来い、って言われたっすから……右腕で殴りかかってきたところを、左手で掴んで、そのまま右腕で軽く――ほんと軽く殴ったんすよ。そしたら“ポキッ”って」


 クロは半眼になり、わずかに口の端を上げた。


「……それ、ただ単にそのお爺さんの骨がもろかっただけでは?」


 皮肉とも呆れともつかない声色に、エルデは素直に頷く。


「そうっす。パンチも遅かったし、本当に軽くパチンって叩いただけだったっす。でも、爺ちゃん……骨がボロボロだったみたいで」


 そう言いながら、エルデは自分の手を相手に見立てて、軽く拳を当てる。乾いた「パチン」という音がわずかに響き、その頼りなさが当時の衝撃を物語っていた。


「まあ、自称格闘家は他にもたくさんいたっすから、色々教えてもらったっすけどね」


 最後は少し笑って締めるその様子に、クロは小さく息を吐き、口元をわずかに緩めた。


(……まったく、スラムの人間らしいな。荒っぽいが、どこか憎めない)

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