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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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チーム登録と罠

「……クローズ」


「はぁ?」


 短く返したグレゴの声には、明らかに「お前、本気で言ってるのか」という疑念がにじんでいた。


「何でもないです」


 クロは即座に否定するが、その早さが逆に怪しさを増している。


(クローズ……響きも悪くないし、意味もそれっぽいと思ったんだけどな。……うーん)


 口には出さず、内心で小さく唸る。机上の端末をぼんやり眺めながら、頭の中でいくつか案を組み立てては壊していく。


 そんな時、背後から軽やかな足音が近づいてきた。食堂の方から戻ってきたのは、満足そうな表情のエルデ。その頭の上には、いつの間にかクレアがちょこんと乗っている。


「クロの姉御、美味しかったっす」


「それは良かったです」


 クロは軽く頷き、それから手元の端末を示す。


「そうだ、エルデのハンターIDをこのデータに記入しておいてください。その間に支払いを済ませてきます。……あと、チーム名も考えておいてください」


「任せてくださいっす!」


 妙に張り切った声を背に、クロはカウンターを離れ、再び食堂へ向かった。


 厨房では、おばちゃんが洗い物をしながら鼻歌を歌っている。クロがカウンターに立つと、振り向いたおばちゃんの第一声は予想外だった。


「なんだい、暗い顔して!」


 クロは一瞬だけ言葉を探し、それから小さく吐き出す。


「いえ……チーム名を考えてまして」


「ほう、そうなのかい」


 おばちゃんは腕を組み、ニヤリと笑う。


「なら、しっかり悩みな。名前ってのは病むくらい悩んだ方がいい。そうすりゃ、後から後悔しないいい名前が付くもんさ」


 その言葉に、クロは自分が先ほど安易に考えた名前を思い出し、なぜか頬がわずかに熱くなる。


(……確かに、ちょっと軽く考えすぎたかもな)


 会計を済ませ、ギルドカウンターへ戻ると、そこではエルデが端末を前に、まるで思いついたそばから口にしているように名前を並べ立てていた。


「クロックとかどうっすか? 他には……マックロ、とか、クーローズ、それからクロとクレア!」


「……なんでも思いついたもん言ってんじゃねぇ。ふざけてんのか?」


 低く鋭いグレゴの声に、エルデはぴたりと口を止めた。


「ふ、ふざけてないっすけど……やっぱり怖いっす」


 小さく肩をすくめ、すっと視線をグレゴから外す。その仕草が、子どもが叱られた直後のようで妙に素直だった。


(……外から見れば、俺もこんな風に見えてたのか。……やっぱり、響きだけじゃなく、意味や覚えやすさも考えないとな)


 そんな考えが脳裏をかすめ、クロはほんのわずかに口元を引き結ぶ。


 並べられた名前はどれも安直で、正直、口にするのも気恥ずかしい。だが――おばちゃんに言われた「病むくらい悩め」という言葉の意味を、今なら少し分かる気がした。


「エルデ、その辺でいいです」


 クロが声をかけると、エルデが振り向き、半分泣き笑いのような顔をする。


「クロの姉御~~。グレゴさん、目が怖いっす……」


「クロ、てめぇの仲間ってのは、お前と同じようにバカなのか?」


 カウンター越しに響く、低く押し殺した声。鋭い視線が突き刺さり、エルデがびくりと肩を跳ねさせる。


「申し訳ないです。言い聞かせておきます」


「お前もだよ!」


 短く吐き捨てるように叱られ、クロは軽く肩をすくめた。


 グレゴは端末を操作しながら、報告するように項目を読み上げる。


「……たく。戦艦は移動用戦艦クーユータおよび民間大型輸送艦ランドセル。チーム名は未定。リーダーはクロ、サポートにエルデ。一旦これで登録しておく」


 端末の画面が切り替わり、長大な規約文が表示された。スクロールバーの細さが、その分量を物語っている。


「絶対に確認してから承認しろ。――絶対だ」


 グレゴの声音には、妙に念のこもった重みがあった。


「ハンターになる時は、こんなの無かったですが?」


 クロが首を傾げると、グレゴは視線を逸らさずに説明を始める。


「ハンター以外も登録できるからだ。それと――」


「いいですよ、承認で」


 グレゴの言葉を最後まで聞かず、クロは承認ボタンを押した。


 エルデは「押しちゃったっす」と心の中で呟き、次の瞬間にくる怒号に備えて小さく身を縮める。


 ……だが、予想に反して怒鳴り声は来なかった。


「承認したな」


 低い声が落ちる。


「読まずに、確認もせずに、俺の話も途中で遮って」


 次の瞬間、グレゴの口元が、にやりと持ち上がった。それは叱責の笑みではなく――何かを仕掛けた側の、勝ち誇った笑み。


「……グレゴさん?」


 訝しげなクロの視線の先で、グレゴは端末を操作し、規約文の一番下を表示させる。


 スクロールの終端、そこには小さなチェックボックス。クロはそこに書かれた文面を見た瞬間、眉がぴくりと動いた。


「俺は言ったよな。“絶対に確認しろ”って。再度忠告しようとした時、その言葉を遮って承認したのはお前だ。流し読みでも最後まで見れば、これに気づけたはずだ」


 グレゴは鼻で笑い、満足げに頷く。


「ありがとうな。還元は10%分だ」


 低く落ち着いた声と共に、勝ち誇った笑みがそのまま言葉になった。


 そしてその理由は表示されている規約の画面の一文。


『お願い。ギルドの資金調達にご協力ください。チームで動かれる場合、分配などをギルド側で行っています。その手数料として報酬および買取時の10%分の還元にご協力ください。此方は任意です。還元を拒否される場合はチェックボックスにタッチをお願いします』


 クロはしばし無言で画面を見つめ、ゆっくりと額へ指を当てた。


「……やられましたね」


「だから言ったろ。確認しろってな」


 グレゴの声音は低いままだが、その口元には、今日の鬱憤や苦労が一瞬で報われたような、してやったりの笑みが浮かんでいた。目尻の皺さえ、どこか誇らしげに見える。


 横でそのやり取りを見ていたエルデと、その頭にちょこんと乗っているクレアは、同時に肩をぷるぷると震わせる。笑いを必死にこらえているのは明らかだったが――目元はもう、完全に笑っていた。

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― 新着の感想 ―
騙し討ちは現実でもあることですね。幾度もしっかり読むように促されながらも、読まずに同意するからそうなるのです。悪徳だのなんだのと言っている阿呆がおりますが、わざわざ前もって読むように促しているのでむし…
頭の悪い未成年を騙して手数料をぼったくる悪徳ギルドになっちゃった? しかも相手は帝国の皇室の一族。 胃痛とか言いつつ、あとで大きな問題に発展してもギルマスの自業自得になるんだろうな。少なくともノーブル…
絶対コレ報酬金額がエグい事になってギルマスの胃痛案件の奴じゃん
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