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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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オムライスと一喝

 クロが食事を終えるのとほぼ同じタイミングで、エルデの前に新しい皿が置かれる。真っ赤に染まったご飯の上には、玉ねぎやコーン、グリーンピース、そして香ばしく炒められた鶏肉が彩りよく混ざり込んでいた。


「これって何っすか?」


 エルデが目を丸くすると、おばちゃんは一瞬だけ過去を思い出すような、わずかに陰のある表情を見せた。しかしすぐに、にこりと笑顔に戻る。


「チキンライスさ」


 その言葉にエルデは嬉しそうにスプーンを握りしめ、勢いよく食べようと身を乗り出す。


 が――


「ちょっと待ちな。まだ完成じゃないよ」


 ピタリと動きを止めたエルデは、しゅんと肩を落とす。その表情はまるで“待て”を言い渡された犬そのもので、見ているクロまで苦笑を漏らしそうになる。おばちゃんはそんな様子をおかしそうに眺め、ニヤリと笑ってから、もう一枚の皿を手に取った。


 その上には、黄金色に輝くふるふると揺れるオムレツ。おばちゃんはそれをチキンライスの上にそっと乗せると、クロの方を見やる。


「なるほど」


 クロは小さく頷き、納得したように目を細めた。


「見てな」


 短くそう告げ、おばちゃんはナイフを手に取る。刃先がぷるぷると揺れる卵の表面に触れた瞬間、店内の空気がわずかに張り詰める。刃が滑るように切れ込みを入れると――中から、とろりとした半熟の卵があふれ出し、柔らかな黄身がチキンライス全体を包み込んでいった。


 湯気の向こうから、卵とバターの甘やかな香りが立ち上り、そこにデミグラスソースの深い香りが重なる。おばちゃんは真ん中を少し凹ませ、その窪みに濃厚なソースをゆっくりと注ぎ入れた。


 黄色、赤、そして艶やかな褐色――三色のコントラストが皿の上で鮮やかに咲き誇る。


「ひまわりみたいですね」


 クロが思わず漏らした言葉に、おばちゃんは「正解だよ」とでも言いたげな顔をして、にやりと口角を上げた。


 そして、エルデへと視線を移し、声の調子を少しだけ柔らかくする。


「いいかい、エルデ。あんたはスラムからここに出てきた。――それとね、これはおばちゃんの偏見だけど、あんたは笑顔が似合う。だから、もっと笑いな」


「はいっす!」


 エルデは大きく頷き、口いっぱいに笑みを広げてスプーンを手に取る。半熟卵にデミグラスを絡め、勢いよく口へ運んだ。頬がふくらみ、次の瞬間には幸せそうなため息が漏れる。口の中で卵がとろけ、ソースとバターの香りが広がり、ご飯の酸味と甘みが重なって消えていく――その余韻に、目を細めた。


 その様子を、おばちゃんとクロ、それに肩のクレアまでが、どこか微笑ましそうに見つめていた。卵とソースの香りが漂う中、店内は穏やかな空気に包まれる――そのはずだった。


 だが、背後から重く靴音が近づき、空気がわずかに引き締まった。クロが振り向くと、険しい表情をしたグレゴが立っていた。額にはうっすらと皺が寄り、その視線は真っ直ぐエルデに注がれている。


「エルデ。クロを呼んで来いと、俺は言ったよな?」


 低く唸るような声に、エルデの動きがぴたりと止まる。スプーンが空中で揺れ、彼女の視線が泳いだ。


 しかし――その場を制したのは、別の声だった。


「グレゴ! あんた、少しは待てないのかい! 今、この子はおばちゃんの料理を食べてる最中だろう!」


 おばちゃんの一喝に、あの屈強なグレゴが「うっ」と小さくたじろぐ。


「いや、おばちゃん……伝言を頼んだのに忘れてるのは――」


「おだまり!」


 カウンター越しに放たれた声は雷鳴のようだった。


「今はこの子が、おばちゃんの料理を楽しんでる時間だよ! 本来ならあんたが足を運ぶのが筋ってもんじゃないかい!」


 真正面から押し切られ、グレゴは口をつぐみ、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。その横顔を見て、クロは苦笑をこらえきれなかった。


「クレア。エルデを頼みます」


 クロは席を立ち、テーブルの端にいるクレアへ声をかける。クレアはこくりと頷き、すっとエルデの隣へ移動した。


 その背を見送りながら、グレゴは深く息を吐く。


「……お前らに関わると、なぜ俺ばかりが苦労するんだ」


 ぼやくような低い声に、おばちゃんは鼻で笑い、エルデはスプーンを握ったまま申し訳なさそうに苦笑する。クレアはというと、尻尾を小さく揺らしながらも、まるで関心がないとでも言いたげに視線をそらしていた。


 クロは一歩前に出て、やや肩をすくめながらグレゴへ言葉をかける。


「すみません。……迷惑をかけているつもりはないんですが」


 その言葉に、グレゴの眉間が深く寄る。視線が一瞬だけ揺れ、手が腰のベルトを軽く握る。


「それが一番困るんだ!」


 短く一喝し、吐き捨てるように言うと、彼は踵を返し、カウンターへ向かって歩き出す。足取りは重く、肩がわずかに落ち、歩幅もどこか短い。背中からは、張り詰めた気配よりも、静かな疲れの色がにじんでいた。

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