神々の三派と女神の決断
いつも『バハムート宇宙を行く』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
このたび活動報告を更新いたしましたので、よろしければご覧いただけますと幸いです。
そして、あらためまして――
本当にいつも応援いただき、心より感謝申し上げます。
次回の更新より、いよいよ新章がスタートいたします。
これからも物語を楽しんでいただけるよう、丁寧に紡いでまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
※追記
申し訳ございません。新章の開始日についてのご案内が抜けておりました。
新章は8月12日より開始いたします。
どうぞ引き続き、よろしくお願いいたします。
女神は、すでに嫌気がさしていた。最高神の座を巡る争い――だが、それは剣や矢が飛び交う戦ではない。言葉が武器となり、果てしない議論が繰り広げられる場で、ひとつの議題が生まれた。
「人は、果たして存在してよいものなのか」
議場に落とされたその一言は、静かな湖面に投げ込まれた石のように、神々の間へ波紋を広げていった。
「人類は不要だ。自然を蝕む邪悪の化身にすぎぬ。滅ぼすべきだ」
――破滅を望む声。
「人類どころか、生命そのものが不要だ」
さらに極端な声が上がる。
「人類は必要だ。生命は彼らによって維持されている」
擁護する声。
「人類は必要だが、すべて我らの導きの下で生きるべきだ」
支配を望む声。
やがて無数に枝分かれした意見は収束し、三つの大きな派閥が形を成した。滅ぼすべきとする〈破壊派〉、維持を掲げる〈維持派〉、どちらにも与せぬ〈中立派〉。細分化すればさらに多くの流派があるものの、この三派こそが最大勢力である。そして、いずれその頂点に立つ者が次代の最高神となる。それを決めるのは現最高神の一存だ。
「くだらない……なぜ、私達の浅ましい争いに、この宇宙の人々が巻き込まれねばならないのか……本当に……」
女神は胸の奥で吐き捨てた。さらに、この争いには明確な“ルール”が存在する。〈破壊派〉は標的とする宇宙に“災害”と呼ばれる破壊の化身を送り込めるが、その量と質には厳しい制約があり、召喚には莫大な力を宝玉へ注ぎ込まねばならない。一度でも注入が途切れればすべてが水泡に帰し、最初からやり直しだ。
一方、〈維持派〉は別世界から“守り人”となる人間を転生させられる。しかし条件は三つ。第一に複数の世界へ適応できる魂であること。第二に本人の同意が必要であること。第三に与えられる力・知識・技はいずれも限られること。さらに、一度転生を行えば当人が生涯を終えるまで次の転生はできず、最大の制約として転生者に戦いを強制できない。自由に生きること――それが絶対条件だった。
〈中立派〉も同じ制約を課せられるが、転生を行う義務はない。ただし行う場合には必ず“幾年かの縛り”を設けねばならず、その縛りが厳しいほど転生は強力になるものの、耐え得る者でなければ意味を成さない。ゆえに中立派がこの手段を用いることは滅多にない。
争いが始まって数百年。人類が宇宙へ進出し始めたころ、本格的に〈破壊派〉の妨害が動き出し、それを防ぐため〈維持派〉は守り人の転生を開始した。
「宇宙は、私たちの玩具じゃない……ですが、もう止められない。このままでは――破壊派の暴走、守り人が力に酔い、秩序は崩壊する。そうなれば、この宇宙に生きるすべての生命が滅びの渦に飲み込まれる……なら――」
その瞬間、女神は決意した。神界から姿を隠し、宇宙を破壊から守るため、そして力に溺れた守り人の暴挙を打ち砕くために。己の身を削り、その力を注いで転生を行い、その子を隠し守るために――傷つくであろう身体を癒やすべく“引きこもる”道を選んだ。
その静かな空間に、一つの魂が訪れる。淡い光を帯びて漂う魂は、やがて眩い輝きを放ち始めた。
「世界が崩壊しないよう監視してください」
魂は応えるように輝きをさらに増す。
「同意していただけますか?」
「はい。頑張ります」
女神は己の力を惜しみなく注ぎ込み、魂を転生させた。
「……痛い……いたい……イタイ……」
女神の全身が痛みに悲鳴を上げる。魂が震え、その光は揺らぎ、注ぎ込まれる力は命そのものを削るように容赦なく神経を貫いた。やがて身体全体に亀裂が走り、熱を帯びた血が溢れ出す。鉄の匂いが広がり、滴るたび硬質な床を叩く音が響く。その血は細い糸となって魂に絡みつき、淡い光の中に赤い筋を刻み込んでいったが、女神は一瞬たりとも手を止めなかった。
――今から、この魂が背負う縛りは、この痛み以上に深く、果てしなく長い孤独をもたらすだろう。終わりの見えぬ時間を、ただ一人、世界を見守り続ける孤独を。
「……ごめんなさい。こんな母親で……だけど、見つからぬよう、あなたを守ります……せめて縛りが解ける、その日までは……」
女神の言葉と共に魂は世界へ産み落とされる。与えられたのは女神が持つ力と正反対の力――精神が崩壊してもおかしくないほどの孤独という苛烈な縛り。しかしその瞬間、奇跡が起こった。女神の血を浴びた魂は、この世界で唯一の特別な力を宿したのだ。その事実を知るのは当人だけ。女神すらも、まだ気づいてはいなかった。