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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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もう一つのクロの未来:バトルボールの女神

 バトルボール――それは、見た目こそ野球に似ていながら、中身はまるで別物の“格闘級スポーツ”である。


 基本は9人制。外野・内野に分かれ、ピッチャーとキャッチャーが存在する。フィールドの広さも、現代の野球とほぼ同規模だ。試合は9回制。三振、フォアボールの概念もあり、ストライク3つでアウト、ボール4つで出塁となる。


 ここまでは、一見すると通常の野球と変わらない。


 だが――バトルボールの本領は、ここからだ。


 まず、大きな違いのひとつはワンアウト制。守備側が1アウトを取れば攻守交代。その緊張感は、一球ごとに勝負が決まる短期決戦のような張り詰めた空気を生む。


 そして、得点方式も異なる。


 ピッチャーが投げ、バッターが打つ。バッターは一塁を目指して走り出し、守備は打球を処理して一塁へ送球する。


 ここまでは普通の野球と変わらない。


 ――だが、バトルボールでは、“そこで終わらない”。


 ベース上での攻防――そこにこそ、この競技の本質が詰まっている。


 ファースト、セカンド、サード――それぞれの塁線には、プレイエリアの目安として「規定距離ライン」が引かれており、その中央には赤いマーカーが設置されている。


 ルールは明快だ。


 打者がその赤いラインを越える前に、守備側がボールをグラブに収めれば――アウト。


 だが、問題は――その先にある。


 打者が赤いラインを越えた直後、ボールがファーストのグラブに収まっても、それだけでは「アウト」にはならない。


 むしろ、そこからが本番だ。


 ここから先は――“バトル”の開始。


 打者の目的はシンプル。ボールを落とさせるか、守備側の足をベースから引きはがすこと。一方、守備側の勝利条件は、ベースを踏み続けたままバッターの膝上を地面につかせるか、完全に抑え込むこと。


「さあ、今日行われるのは――フロティアン・ジャイアンと帝国タイガーズによる因縁の一戦! これまでの通算成績では、圧倒的にタイガーズが有利とされていますが――」


「――今年は様相が違います! なんといっても、彼女の存在がある!」


「今季ルーキーながら、カウンターホームラン20本! 失神ホームラン16本! 通常のホームランも14本!」


「さらに――打率は脅威の.457。現在、全地区トップの記録ですよ! まさに“鬼神”の如き活躍……!」


「いやほんと、末恐ろしいって言葉は彼女のためにあるな!」


 歓声は波のように押し寄せ、コロニー全体が震えるかのような錯覚すら覚える。


 そしてついに――試合開始の時が訪れる。


「さあ、選手たちがグラウンドへと向かって行きます! 本日のホーム、帝国タイガーズ。先発はもちろんエース、ブジナーミ!」


「対する我らがフロティアン・ジャイアン、一番バッターは……今まさに時代の寵児とも言える、話題のルーキー!」


 実況の声が一段と高まったその瞬間――大歓声が爆発するようにスタンド全体を揺らし、その熱気はコロニーの天井すら震わせる錯覚を与えた。宇宙さえも祝福している――そう錯覚するほどの、圧倒的な熱狂だった。


 黒髪を巧みにヘルメットに収めた、小柄な少女がグラウンドへと姿を現した。


「出たぁ―――――!! 弱冠12歳にして、これまで幾度となく我々に勝利をもたらしてきた期待の新星! クロだああああああああああ!!!!!!!!」


 ――だが、その中心にいる少女は。


 いたって静かだった。


 鋭く澄んだ黒の瞳は、グラウンドの奥を見据え、観客の声も喧騒もすべてを切り離している。呼吸は整い、身体の芯から無駄な力が抜けていた。


 バットを軽く肩に乗せ、クロはゆったりとした足取りでバッターボックスへ向かっていく。


(まさか、お金稼ぎ目的で出たトライアルで……そのまま公式戦に出る羽目になるとは)


 グラウンドを踏みしめながら、どこか懐かしげに口元をほころばせる。


「――懐かしいですね。最初は、ただのバイトだったんですけど」


 そう呟くと、右のバッターボックスに静かに立つ。


 その瞬間、背後から鋭い声が飛んだ。


「ガキが……今日こそ、お前を潰してやるぞ!」


 キャッチャーの威嚇に、クロは首だけ振り返り、平然と返す。


「……私に“失神ホームラン”をやられて負けた試合、まだ根に持ってるんですね。器が小さいですよ」


「なにィッ……!」


 怒号を上げるキャッチャーに対し、間に割って入るように審判が咳払いを一つ。


「――プレイッ!」


 審判の宣言と同時に、空気が張り詰める。


 マウンド上、ブジナーミがニヤリと笑みを浮かべた。


「チッ……まずは顔面に一発くれてやる!」


 渾身の第一球――狙いは明らかにクロの頭部。


 だが、その一投が試合の空気を変えるには、あまりに浅はかだった。


 クロは無理に避けず、すんでのところでバットを滑らせ、球の勢いを殺すように転がす。


「ッ!? 当てた……だと!?」


 キャッチャーは慌てて転がった球を拾い、一塁へ送球――だが、遅い。


「クロ、もう赤ラインを越えているッ!! ここで――バトル突入だぁぁッ!!」


 実況が叫ぶのと同時に、守備側のファーストが構える。その目には怒りが宿っていた。


「おらぁぁぁっ!!」


 突っ込んでくるクロの顔面を狙い、強烈なミドルキックを放つ――!


 だが。


 ――相手が、悪すぎた。


 クロはまるで動きの“予測”すらしていたかのように、ほんのわずかに身体を捻ってかわす。


 次の瞬間。


 その反動を活かすように、クロの拳がカウンター気味にファーストの顎を打ち抜く。


「き、決まったァァァァッ!! 一撃ッ!! ファーストの体が――沈むッ!!」


 実況の声が絶叫に変わる中、ファーストはぐにゃりとその場に崩れ落ちた。


「出ましたぁっ!! 開幕からまさかの――失神ホームラン!!!」


「これはジャイアン先制ッ!! クロの一撃がまたも炸裂!! まさに“瞬殺”……!」


 歓声が球場を突き破らんばかりに響き渡る。


 その中心で、クロはただ静かに――ほんのわずかに、唇の端を持ち上げた。


「狙うなら……もっと殺す気で来ないと、いけませんよ」


 低く呟くその声は、観客にも実況にも届かない。


 ただ一人、倒れた相手にだけ向けられた、静かな警告だった。


 そして、クロは何事もなかったようにダイヤモンドを一周する。その足取りは軽やかで、歩幅には一切の迷いがなかった。


 歓声が割れんばかりに響く中、彼女の背中だけが、妙に静かだった。


 ――これは、クロが“ハンター”にならなかった可能性の話。たったひとつの、分岐点の先にあった、別の未来。


 今となっては――ありえない、おとぎ話のような一頁である。

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― 新着の感想 ―
こちらの方がじゃっかん平和…平和?的ですね。
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