閑話 ノーブルワール・ゲイツ 14 華麗なる祝祭と静かな銃声
白く巨大なフロートに乗り込み、パレードが静かに始まりを告げる。ノーブルは、まだ高鳴る心拍を宥めきれずにいた。隣には、いつもとはまるで印象の異なるクロが立っている。彼女の髪はハンターとしてのラフなスタイルではなく、光沢のあるストレートに丁寧にすかれ、風を受けてやわらかに揺れていた。その一本一本が、光を受けて表情を変え、まるで計算された演出のような艶やかさを放っている。
(……オンリーのメイドたち、恐るべし)
そう苦笑しながらも、ノーブル自身の姿もまた、いつもの軍服でも私服でもなかった。背中を覆うのは、鮮やかな赤のロングストレート。その一筋一筋が、陽光を集めては背中へと溶け込むように流れていく。そして、身にまとうのは深紅のドレス。肩から腕にかけて大胆に肌を露出し、背中も大きく開いたそのデザインは、凛とした気高さと気品を同時に感じさせた。袖の位置にあしらわれた巨大なリボンが装飾として添えられ、そのシルエットは神聖さすら帯びている。身体のラインに沿って流れるように絞られたドレスの裾は、自分の姿勢の甘さを許さないほど、緊張感すら与えてくる。
(……完璧すぎて、逆に怖い)
だが――それでも、自分はまだ“背景”だと知っている。目の前にいる、あの人物には敵わない。オンリー。堂々とその中心に立つその姿は、嫉妬すら抱かせない。
(脱帽だな……まさに“オンリーワン”たる所以だよ)
編み上げられたブラウンの長髪、その頂で輝くティアラ。大胆に露出された肩元と胸元には陶磁器のような滑らかさと白さが宿り、鍛え上げられた腹部には陰影すら宿る美しさがあった。ラインに誇張はないはずなのに、なぜか“ある”ように見えてしまう錯覚。男でも女でもない、完璧に調整された中性的造形。
(私も鍛えてはいるけど……ごついっていうか、こう、な……)
自分の腹部に意識を向けるが、比較するだけ無意味だと悟る。そこにあるのは、ただただ“完成された造形”。オンリーの白いドレスはセパレート仕様。その裾は花弁のように幾重にも重なり、フロートのわずかな揺れに合わせて軽やかに舞っていた。
(勝てるわけがない……)
その瞬間、楽団の音楽が響き始めた。フロートの足元が、エレベーターに載せられたままゆっくりと下降していく。地上へと降りていくこの瞬間こそ――それは、単なる華やかな祝祭の始まりではなかった。ノーブルにとって、それは帝国を揺るがす“戦い”の、真の幕開けだった。あの日のパレード。その華やかさの裏で、事態は静かに動き始めていた。
突如として放たれた銃撃。標的は――オンリーと、ノーブル。
祝福の視線が注がれるその中で起きた、静かで、致命的な“企て”。
だが、その瞬間――クロの咄嗟の判断がすべてを救った。迷いなく動き、射線を断ち、狙撃犯を追い詰めたあの行動がなければ、今ここに自分たちはいなかったかもしれない。あの事件こそが、後に帝国とフロティアン――二つの国家をも巻き込む、巨大な騒動の、確かな引き金となったのだった。
ノーブルは直後から、驚異的な集中力で予定を急ピッチでこなしていく。狙撃犯は厳重に拘束し、逃げられぬよう三重の拘束具に加え、念のため“愛しの限定プラモデル”とは距離をとらせるよう専用の強化檻にまで収容。さらにトバラには、
「後で海賊ゴング周辺のデータをすべて送って」
と念押し。最短ルートでオンリーワンを後にすると、彼女は次なる戦地――国境線へと向かっていた。
迎えに来ていたのは、直属の副官アトラ。そしてその背後には、近衛軍の巨大戦艦――《ローズ》。帝国旗を掲げたその艦影が、微かに戦慄を帯びて揺れていた。
「救ってみせるわ、兄様を。そして――暴いてみせる、帝国の闇を」
鋭い眼差しとともにそう宣言したノーブルの隣にあったのは――丁寧に保護材に包まれた、限定プラモデルの箱だった。その視線だけは、どうしても真剣そのもので……
まるでそれもまた、帝国再建に不可欠な聖遺物であるかのように。
(……オンとオフの切り替えには、ちょっと自信あるのよ)
そう、心の中でだけつぶやきながら。ノーブルは、静かに艦へと足を踏み入れた。