閑話 ノーブルワール・ゲイツ 12 皇女と情報の報酬
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ノーブルがシゲルの店に到着すると、まず目に入ったのは、入り口前にできた人だかりだった。
(……何かあったのかしら?)
目を凝らすと、客たちの視線の先には、赤いマスコットのようなロボットが立っていた。両手を軽やかに振り、来客を陽気に出迎えている。
(ロボット……? シゲルにしては珍しい演出ね。……アヤコの仕業かしら)
少し首を傾げながら、ノーブルは人だかりを抜けて店内へと足を踏み入れると中は想像以上に賑わっていた。
陳列棚の上には、3Dモデリングによって再現されたさまざまなジャンク品や機材が立体映像で並び、客たちはモニター越しにその質感や構造を確かめながら、説明文や価格表示をじっくりと読み込んでいる。
(……さすがね。ここまで客が入るとは思わなかったけど)
予想以上の集客ぶりに、ノーブルは内心で感心を漏らす。
奥へと進むと、カウンターの一角に見慣れた背中――シゲルがいた。そのすぐ隣では、カウンターにうつ伏せたクレアが静かに眠っている。
その姿はまるで、店の喧騒とは別の空気を纏ったように穏やかで、客のひとりがふと目を留めて癒されたように笑っていた。
「繁盛してるじゃない」
ノーブルの声に、シゲルがちらと顔を上げる。眉をひそめ、あきれたように一言。
「……マジで来たのかよ、お前」
その反応に、ノーブルは肩をすくめる。
「いいの? 前に頼まれた件――報告に来たんだけど?」
その言葉を聞いた瞬間、シゲルの表情から色が引く。
「……ってことは、あいつらの手がかりが……」
「私は中身を見てないわ。これは――あなたが最初に確認すべきだと思ったから」
そう言いながら、ノーブルはカウンターに小さなマイクロカートリッジを置く。
シゲルはそれを無言で手に取り、姿勢を低くして自身の端末にセット。素早く中身を確認する。
「……みつからねぇか」
ぽつりと漏れたその言葉に、ノーブルは表情をわずかに曇らせる。
「……あいつら、必ず見つけ出してやる。ノーブル、引き続き調べてくれ。時間あるときでいい」
「構わないわ。じゃあ、報酬をちょうだい」
唐突に口調を切り替えるノーブルに、シゲルは小さくため息をつきながら奥の倉庫へと足を運び、しばらくして一つの箱を抱えて戻ってくる。
「……しかし、こんなのが報酬でいいのか?」
そう言いつつ手渡された箱を、ノーブルは受け取った瞬間にふわりと笑みを浮かべる。そして、そっと中身を覗くと――その表情が一気に輝いた。
「……間違いない……限定バダインのプラモデル……! しかも、こんなにたくさん!」
目を輝かせて感嘆するノーブルを見て、シゲルはあきれたように肩をすくめる。
「お前も……変わった趣味してんな。まあ、俺が言える立場じゃねぇけどよ」
「何を言ってるのよ! バダイン製の限定プラモよ? “第二世代型・機動騎士アルビオン”の初回ロットカラー入り、しかも組立支援デバイス対応版! その他全部、今じゃほぼ市場に出回ってない代物よ? 転売ヤローのせいでどれだけ手に入れるのが大変な状況か……」
ノーブルの熱を帯びた声に、シゲルは呆れたように眉をひそめつつ、確認するように問いかけた。
「……お前、皇族だろ。そんなもん、権力使えばいいじゃねぇか」
だがノーブルは、すぐさま顔をしかめて反論する。
「使えるわけないでしょ。権力って、そんなくだらないことで使うものじゃないのよ」
言いながら、彼女は手元の箱をまるで宝石のように両手で包み込み、そっと目を細めた。
「それにね、本当は店頭でじっくり吟味したいの。どのパーツをどう組み立てるか想像しながら悩むのが、プラモデルの醍醐味なんだから」
「……はあ?」
「でも、そんな時間、皇族としてあるわけないでしょ? 任務と行事に追われて、店舗なんて行けるわけないし、目立つから出歩けない。通販ならまだしも、限定品の予約は期間が短くて、だいたい任務中に終わってるのよ……。だから、こういうの、本当に助かるの」
まるで壊れ物でも扱うように、丁寧に箱の角を撫でるノーブルの横顔に、シゲルはますます呆れ顔を深めていく。
「……ダブってるのもあるだろ。それでも全部要るのか?」
その言葉に、ノーブルは即座に食い気味で返す。
「要る! まず塗装違い用で複数必要だし、同シリーズで並べて初めて意味が出るものもあるし、予備パーツとしても確保したいし、それに――」
「――わかった、もういい!」
シゲルは両手を軽く挙げて、これ以上聞きたくないと言わんばかりに言葉をさえぎった。
「とにかく、倉庫にはまだ他にもある。そっちはお前の高速艇に送っておく。……精密機器扱いでな」
「助かるわ。絶対に見つけ出してあげる」
「いや、暇なときでいい……頼むわ」
ノーブルは満足げに頷くと、腕に抱えた箱をまるで壊れ物のように丁寧に持ち直した。
「じゃあね。早速中を確認したいから、これで帰るわ」
「おう……すまんが、よろしく頼む」
短く応じたシゲルの言葉に、ノーブルは微笑みを浮かべ、カウンターから軽やかに踵を返す。その背に揺れる銀の髪と、包み込むような気配が、どこか遠い過去の面影を呼び起こす。
シゲルは、出ていくその背中を黙って見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……どこに居やがんだ、あの親不孝ども……」
苦く、悔しく、それでもどこか祈るように。
しばし沈黙が落ちる中――ふと顔を上げ、鼻先をかきながら小さく笑う。
「……にしても、プラモ造りが趣味の皇女様、ねぇ……。帝国の皇族ってのは、やっぱり変なのしかいねぇのかよ」
呆れとも、諦めともつかぬ笑い声。
けれど、その眼差しにはどこか、父親にも似た、穏やかな光が宿っていた。
「……ま、俺の親父が親父だったんだ。しゃあねぇか」
シゲルは静かに椅子に背を預けると、眠るクレアを呆れながら少し眺め、再び仕事へと目を向けた――。