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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ノーブルワール・ゲイツ 6 血縁と機密と、帝国の影

「お知り合いですか?」


 アトラの問いはあくまで淡々と――だが、その目だけがわずかに細められていた。


 ノーブルは一拍だけ黙り、わずかに視線を逸らしたあと、急に口を開いた。


「い、いや……知らん。まったく知らん! 何の話だ、初耳だぞ私は!」


 早口気味にまくし立てながら、手をひらひらと振って否定する。だがその反応は、どう見ても“図星”のそれだった。


 アトラは無言でため息をつくと、手元の端末を掲げる。


 ――カシャッ。


 わざとらしく音量を上げたシャッター音が室内に響いた。


「……その反応、関係者だと告白してるようなものです。はい、保存っと。コレクションありがとうございます」


「撮るなっ! 何度言ったら分かる、勝手に撮るなと!」


「いえ、以前の記録に『写真くらいなら好きにしろ』と明言されてます。音声データ、今すぐ再生できますけど?」


「くっ……お前、あれ何年前の話だと思ってる……!」


 頭を抱えて悔しげに呻くノーブルに、アトラは満足げに小さく笑みを浮かべる。


「それよりも――結局のところ、関係者なんですよね?」


 追撃のような問いに、ノーブルは観念したように息を吐いた。


「……ああ、関係者だ。そこまで見抜くとは、さすがだな……」


 苦笑混じりに口を開いたノーブルだったが、アトラは冷静そのものだった。


「見抜いたというより、あの挙動で気づかない方がどうかしてます」


 言いながら、手元の端末をタップしつつ、目だけをちらりとノーブルに向ける。


「で、“知り合い”で確定ですか?」


「……ああ、知り合いだ。否定はできん」


 ノーブルはしばらく沈黙し、ゆっくりと息を吐いた。その音が、密閉された秘匿室の中で小さく響く。そして、静かに言葉を継いだ。


「……アトラ。これから話すことは、機密扱いだ。外部への漏洩は一切許さん。……命令として伝える」


 緊張がわずかに走る。アトラの手元の操作が止まり、視線がノーブルに向けられる。


「――クロは、私の“親戚”だ」


 その一言に、端末のホログラム光がゆらぎ、空気がわずかに重くなる。


 ノーブルは目を伏せ、少しだけ過去を思い出すように語る。


「シゲルは、私の兄の息子だ」


 静かな告白だった。だが、その言葉に込められた重みは深い。


 アトラは目を細め、小さく頷いた。


「……そうですか。唯一、皇族から抜けたご兄弟の……」


 一瞬だけ感情が揺れたが、アトラはすぐに任務の視点へ戻る。


「クロの件、ビハインドを展開します。広域の通信傍受と動態追跡に切り替え、遠距離からの監視に徹します」


「頼む。ただし――接触は厳禁だ。彼女は……養子とはいえ身内になる」


「了解しました。追跡は情報収集に留め、干渉も最小限に抑えます」


 ふたりの間に、任務へと切り替わる空気が流れ込んだ。


 ノーブルは椅子の背から身を起こし、再び端末の前へ向き直る。


「クロについては、これで一区切りとしよう。……要警戒対象として、内部リストに非公開で追加しておいてくれ」


「承知しました。潜在リスクとして、密かに記録しておきます」


 ノーブルは深く頷き、次の話題へと進めた。


「……続けて、軍全体の記録の再精査だ。それから――帝国が直轄している企業群。特に軍と密接に関わっている一帯を中心に、洗い直す」


 そう言うと、端末のホログラムに軍の勢力分布と、帝国管轄の関連企業群が次々と表示された。


 無数の光点が宙に浮かび、互いに連結する線が複雑に交錯していく。それはまさに、帝国という“巨大構造体”の一端――あまりに広大で、入り組んだ構造だった。


「……規模が異常すぎるな。だが、今だからこそ――やる価値がある。膿を出す。徹底的にな」


 ノーブルの目が、ホログラムに浮かぶ帝国勢力の分布図を射抜くように細められた。


「了解です。信頼できる要員だけを抽出し、全体的な優先度を再分類。即応チームへ振り分けます。全行程、機密指定下で進めても?」


「ああ。絶対に表沙汰にはするな。どこで何が“繋がっている”か、まだ断定できない以上……慎重を期す。近衛部にも、手を入れる」


「……そこまで、されるのですか」


 アトラの声に、一瞬だけ感情の色が滲んだ。


「――やらなければならん。……どうも、動きが変だ。何かが沈んでいる。表層だけを撫でて済む話ではない」


 ノーブルは端末の光を睨むように見つめ、しばし言葉を止めた。そして、わずかに口元を引き締めると、深い覚悟を込めた声で続ける。


「――ここまで来た以上、他の兄弟たちも……そして“父上”も巻き込む。全部を洗い出して、綺麗にしておこう。……いや、むしろ遅すぎたくらいだ」


 その声音には、わずかに私情が混ざっていた。しかし、それすらもすぐに沈み、軍務へと帰属していく。


 軍を統べる者として。皇家の一角を担う者として。


 ノーブルは、すでにその覚悟を決めていた。


 アトラもまた、その気配を感じ取りながら、静かに一礼し、言葉を挟まぬまま態勢を整える。


 ふたりの視線は、淡く揺れるホログラムの光へと重なり、その沈黙は――まるで、帝国の深層へと沈む、底知れぬ海のようだった。静かで、深く、誰にも届かない場所に、覚悟と秘密が沈んでいく。

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