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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ノーブルワール・ゲイツ 4 制服と再会、そして始まり

 翌日。


 朝の報告を終えたノーブルは、昼の休憩時間にふと思い立ち、例の制服に袖を通してみた。クリスタル社の受付用ユニフォーム。その上に、帽子もきちんとかぶる。


 鏡に映ったのは、軍人ではない――民間企業の社員らしい柔らかい姿の自分だった。淡い色彩。シンプルなライン。どこまでも“普通”で、“非日常の彼女”とは違う表情を映していた。


(……もし、普通の人間として生きていたら。受付に立ち、誰かを笑顔で迎えていたのだろうか……そう願ったことは、確かにある。けれど――)


 思考の途中で、ノーブルはそっと目を細めた。


「……やはり似合わん。軍服でいい。いや、軍服でなければ、きっと私は保てない」


「――いえ、そのままで」


 不意にかけられた声に、ノーブルの背筋が跳ねる。思わず振り返ると、そこにはアトラがいた。


 無言で、真剣そのものの顔で――だが、その手元では端末を構え、シャッター音を鳴らし続けている。


「…………」


 ノーブルはしばし呆然とし、次いで諦めたように肩を落とした。


「……誰も入って来るなって、言っておいたはずだけど」


「緊急事態です。ただ、判断に迷いまして」


「この格好のこと?」


「それはご褒美です。違います」


 ぴたりと動作を止めたアトラが、端末から目を離して言う。


「突然、一人の少女が現れました」


 アトラは無言で端末を操作し、ホロ画面をノーブルの前に浮かび上がらせた。その映像には、巨大な結晶体――クリスタルドラゴンの足元に、ぽつんと立つひとりの少女の姿が映っていた。


 黒髪の少女。ハンター装備らしい実用的な服装を纏い、無言のまま、首を傾けてクリスタルドラゴンを見上げている。


「……あり得ない」


 ノーブルは思わず息を呑んだ。


 警報は鳴っていない。セキュリティ通知もゼロ。だが――そこに、確かに“居る”。


 どこから入り込んだのか。何を使ったのか。あまりに静かすぎる存在。


「アンチステルスは?」


「反応なしです。システム上では“何も居ない”ことになっています」


「他に反応は?」


「いいえ。彼女以外、周囲に生体・機械反応ともに存在しません」


 数秒間、沈黙。


 ノーブルは息をひとつ吐き、すぐに切り替えた。


「――緊急警戒態勢を発令。全員に通達を」


「はっ」


「それと、この制服。……このために着ていたことにしなさい」


 そう言いながら、ノーブルは制服の袖をさりげなく押し上げる。


 内側には可動式の隠しビームガンが仕込まれていた。マグネット式のマウントに、小型のビームガンをスライドさせて装着。袖を戻し、腕を伸ばして数度動作確認を行うと――手首の裏側から、ビームガンが滑るように露出する。それを確認したノーブルは、再びガンユニットを格納した。流れるような一連の動作に、躊躇はない。それは、訓練ではなく実戦で磨かれた者の動きだった。


「……まさか、“自ら受付に立つ”とは」


 アトラがやや呆れたように呟く。


「ここは企業施設。受付嬢がいても誰も疑わない。……私はこのまま受付に立つ。カウンターに端末があったはず、そこから合図を送る。タイミングを見て、少女を包囲して」


「発砲の判断は?」


 アトラの声が一段低くなる。任務遂行のための確認として、必要最低限の言葉だった。


 ノーブルはほんの一瞬、視線を落とす。そして、静かに答えた。


「……相手は子供。出来る限り、発砲の許可は出したくない。けれど――状況次第では、許可する」


 その返答に、アトラはふっと口元を動かした。


「良かったですね。憧れの受付嬢ですよ」


 少しだけからかいを含ませたアトラの声に、ノーブルはわざとらしく咳払いで返した。


「……任務よ。そういうことにしておいて」


 言いながらも、どこか照れを隠すように目を伏せる。そして、小さく息を整えると、扉の前に立った。


 センサーが作動し、自動扉が静かに開く。その瞬間、背後に立つアトラの気配が切り替わった。


 背筋を正し、敬礼。


「ハッ! ただちに準備に入ります」


 すでに“副官”としての顔に戻ったアトラが、きびすを返して去っていく。先ほどまでの柔らかな空気は跡形もなく、空間は再び軍務の緊張に包まれていた。


 ノーブルは、ひとり受付カウンターの前に立つ。制服の襟元を指先で整え、深く一礼。


 そして、扉の向こうから、少女がゆっくりと現れる。


「いらっしゃいませ。クォンタムクリスタル社へようこそ。アポイントメントはお取りでしょうか?」


 その声は、普段の自分からは遠い“誰か”のようで――けれど、不思議と自然に出ていた。


 カウンターの向こう、少女が足を止める。その瞳が、真っ直ぐにノーブルを見据えた。それが、クロとの出会いだった。


 ――このとき、ノーブルはまだ知らなかった。


 目の前に現れた少女が、自分たちの運命を大きく揺るがす存在であることを。


 そして、あの再会がこんなにも早く訪れるとは――夢にも思っていなかった。

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