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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ノーブルワール・ゲイツ 2 角の立つ敬礼と青い大気圏

 ブリッジの自動扉が開くと、全員が即座に動いた。


 ノーブルの姿を認めた乗員たちは、一糸乱れぬ敬礼で迎える。右手はぴたりと額に添えられ、背筋は見事なまでに伸びていた。全員が、音もなく整列している。


 その中で副官のアトラが最初に動き、敬礼を解いて一歩進み出た。


「お待ちしておりました」


 ノーブルは軽く手を上げて周囲に視線を巡らせ、整然とした姿勢を保つ乗員たちに視線を向けたまま口を開く。


「……全員、礼を解いていい」


 その一言で、各員は一斉に敬礼を解き、淡々と各自の持ち場へと戻っていった。


「前から言っているが――角が立つほどの敬礼は控えなさい。アトラ、貴女も皆に伝えて」


 やや呆れを含んだ声に、アトラは背筋を伸ばしたまま、やや柔らかい口調で応じる。


「善処いたします。ただこれは、ノーブル様への敬意の表れでもありますので……できればお許しいただければと」


 機械的ではなく、真摯な声音。だが、その律儀さにノーブルはまたも溜息を漏らす。


「アトラは、最初あれほど“ノーブルワール”の予備階級を強制したのに……この件だけは頑なね」


「はい。今でも本来であれば“ノーブルワール様”とお呼びしたく思っております」


 本気とも冗談ともつかない表情に、ノーブルはあえて触れず、すっと話題を切り替えた。


「それで。大気圏突入は? 直接、クリスタル社に着ける算段はついた?」


「はい。許可は取得済みです。現在、進路を修正し突入準備中。ただし、周辺に小型艇を停泊できる構造がありませんので、最初は我々だけ先に降下し、現地軍と連携して対応いたします」


「了解。……では、情報統制は?」


「社内職員はすでに隔離済みです。全員、ホテルに一時収容し、必要な説明と監視体制を取っています。一部の技術スタッフのみ現地に残し、協力を得る方向で進めています」


 アトラは、手元の端末を見ながら淡々と報告を続ける。


「情報公開については、“クリスタルドラゴンが出た”では混乱が大き過ぎると判断しました。そのため、“バハムートが出現した”という形で――誰も近づけない理由として使わせていただこうかと」


「バハムート、ね……」


 ノーブルは短く返し、その場で一瞬思案する。そして、静かに問いを重ねた。


「……それで、収まると思う?」


「収めなければならないと考えます。これが、ただの製造工程での事故であれば、ここまでは必要なかったでしょう。ですが……」


 言葉を区切ったアトラの表情に、確かな警戒が浮かんでいた。


「皇帝陛下のご依頼で特別に造られた“ドラゴン型”の結晶花です。しかも結晶変位個体となれば……一般人の目に触れるのは避けるべきだと考えます」


「……そうね。単なる記念品ではなく、陛下が“お孫様のために”ご所望されたお品。その存在自体が秘匿されるべき対象だもの。誰にでも晒すわけにはいかない」


「現状では、視認可能な位置にある以上、偶発的な撮影や情報流出の可能性も否定できません。封鎖と偽装は急務かと」


 ノーブルは何も言わず、静かに艦長席に腰を下ろした。そのままじっとホロディスプレイのリモリアを見つめる。


「……まあいいわ。廃棄予定の機体を複数、動かしておいて。封鎖演出用に使えるよう、配備の段取りをつけて」


「了解しました。即時対応いたします」


「で――輸送艦は? いつ着く?」


 一拍置いたアトラは、表情を変えずに答える。


「……それが、三週間ほどかかる見込みです」


「…………はあ」


 ノーブルは盛大にため息を吐いた。その溜息には、呆れと諦念が入り混じっていた。


「ため息をつかれても、現実は変わりません」


 そう言って、アトラは簡潔に説明を続ける。


「輸送艦そのものは手配可能です。ただし、運搬中の破損を避けるため、機体ごとに対応した加工と梱包処理が必要になります。正確なサイズ測定も、出荷前に実施しなければなりません」


「……全く。お使いが、一気に厄介ごとに格上げね」


「……そうですね。私から申し上げられることは、何もありません」


 アトラが静かに言葉を締めたちょうどその時、操舵席から通信が入る。


「ノーブルワール様。大気圏突入準備、完了しました」


 操舵手の声がブリッジに響いたその瞬間、空気がぴんと張り詰める。ノーブルはわずかに頷き、まっすぐ前を見据えたまま命じる。


「突入」


「ハッ」


 即座に艦が進路を切り替え、緩やかに機首を落とす。その動きに合わせるように、艦体がじわりと沈み込むような圧を感じさせはじめた。


 重力のうねりが、わずかに艦の骨組みを軋ませる。シールドを擦る音のような振動が、低く船内に満ちていく。


 小型艇は、光と熱の層を抜けるようにして、惑星リモリアの青い大気圏へと滑り込んでいった。

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