閑話 ノア&ウェン 18 護衛失敗と甘い勘違い
シゲルに言われ後回しにしていた、父親スミスに託された仕入れの仕事を終わらせるため、ウェンはノアと共にマーケットの中を駆け回っていた。リストにあった武器や開発に使う機材を検索し、ひとつずつ手に入れていく。そのたびに荷物はノアに手渡され、気がつけば山のように積み上がっていた。
「あと一軒だけ。でも、ここが一番多い。連絡して取っておいてもらってるから、ノア。一旦それをランドセルに運んできて」
そう言ったウェンに、山のような荷物を抱えたノアが即座に首を振る。
「ダメだよ。僕はウェンの護衛なんだから」
その言葉にウェンは、嬉しさと申し訳なさが入り混じったように苦笑した。
「今、その状態でできる? 大丈夫だよ。今までここで危険な目には遭ってないし、問題ないって。……そこの異国風のカフェでお茶でも飲んでるから」
「それってウェンだけが楽してない?」
そう指摘されても、ウェンはあっさり無視し、
「いいから。お願いね」
と、片手を振りながらカフェへと入っていった。
「仕方ないな~」
ぼやきつつも、ノアは手早く身を翻し、荷物を抱えてランドセルへと走っていく。
その間、ウェンは獣人族が営むカフェ兼販売店へと足を踏み入れた。目の前に広がる異国の装飾と、店主らしき獣人の微笑みに、思わず声が漏れた。
「おお、初めて見た。獣人さんか~。やっぱり本物は可愛い……」
その呟きに、店主が柔らかな笑みを浮かべながら返す。
「ありがとうございます。お嬢さんも、十分に可愛らしいですよ」
不意の言葉に、ウェンは頬をかきながら、少しだけ照れたように目をそらす。
「ごめんなさい。……つい、本音が出ちゃいました」
軽く頭を下げながらも、頬に残った熱は引かず、どこかくすぐったい感覚だけが残っていた。
そしてそのまま、席へと案内され、異国風の刺繍が施されたテーブルに腰を下ろす。手渡されたメニューには、この惑星の特産茶を使った多彩なブレンドと、その横に山のように並んだ甘味の品々が書き連ねられていた。
(お~……悩む……)
視線を上下に滑らせながら、ひとりメニューとにらめっこを続けるウェン。その背後で、扉のベルがちりんと鳴る。筋骨隆々とした体格の男がふたり、無言のままカフェに入ってきたことに、彼女は気づかない。
じっと彼女を見つめる視線。会話もなく、ただその場に佇む異様な存在感。しかしその違和感すら、メニューに夢中なウェンの耳には届いていなかった。
一方その頃――
山積みの荷物をランドセルへと運び終えたノアは、早足で戻る途中だった。街の喧騒と陽射しのなかを抜け、やがて目的のカフェが見えてくる。
(……あれ?)
窓越しに目に映ったのは、囲まれるように椅子に座っているウェンの姿と、その周囲に立つ二人の男たち。明らかに様子がおかしい。瞬時に全身が冷え、次いで熱が駆け巡る。
(……守る!)
一瞬で戦闘モードに入ったノアは、反射的にウェンの椅子を後方へと引き、男たちとの間に距離を取った。
「きゃっ!!」
短い悲鳴を上げるウェンの前に、ノアが飛び込む。腰のホルスターからビームソードを抜き放ち、光刃を展開すると、男たちに向けて刃を突きつける。
「僕の大切な人に手を出すなら――容赦しない!」
声には一点の迷いもなかった。その姿はまさに、彼女を守る“ナイト”のように映った――だが。
次の瞬間。
ノアの後頭部に、容赦のない一撃が飛んだ。
「バカ!! 濡れちゃったじゃない! どうすんのよこれ~~っ!!」
振りかぶったのは、他でもないウェン本人だった。
「……えっ?」
何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くすノア。
しかし追い打ちのように、ウェンの怒りが止まらない。
「せっかくお茶談義してたのに、台無しじゃない! ああもう、ベトベト……!」
タンクトップの裾をぐしゃぐしゃに握りしめながら、ウェンはぶすっとした顔でノアを睨みつけた。
「え、ええと……守ったつもりだったんだけど……?」
おずおずと口にするノアに、ウェンは容赦なく言い返す。
「こっちからしたら、いきなり椅子引っ張られて、お茶の話してた人たちにソード向けられて、お茶ぶちまけられた被害者なんだけど!!」
ノアは言葉を失い、しゅんと肩を落として項垂れる。
(……さっきまで、あんなにカッコよかったのに……)
そんな空気を察したのか、店内にいた獣人の女性店員が、苦笑しながら声をかけてきた。
「……とりあえず、こちらに着替えとタオル、ご用意しますね」
「すみません。その服代、そこのバカに請求してください」
ウェンはノアを指さしながら無表情で言い放つと、店員に促され、ずぶ濡れのまま店の奥へと姿を消した。
しばしその場に取り残されていたノア。すると――ビームソードを向けられていた筋骨隆々の男のひとりが、彼の肩をぽんと叩いた。
「兄ちゃん。気持ちはわかるよ。カッコよかった……最初はな」
「そうそう。でもな、俺たち、あの嬢ちゃんとただスイーツの話してただけなんだよ」
もう一人の男も笑い混じりに言う。
「見た目はこんなだけどさ、この店の常連でな。悩んでたみたいだから、ちょっとアドバイスしてただけなんだよ。それに……良かったらって、スイーツを少しシェアしただけ」
穏やかな口調で語る男の言葉に、ノアはハッとした表情を浮かべ――すぐに頭を深く下げた。
「……本当にすみません。僕……つい、焦って……」
真剣な謝罪に、二人の男は一瞬顔を見合わせると、ふっと肩の力を抜いて笑った。
「いや、気にすんなって。俺たちの見た目がいかついのも事実だしな。誤解されるのには慣れてる」
「でもな、ナイト様――」
もう一人がニヤリと笑いながら、冗談めかして続ける。
「最後のオチで、一気に“芸人”に格下げだぞ?」
「惜しかったよな。最初はカッコよかったのに」
冗談とも慰めともつかないその言葉に、ノアは力なく微笑みながら、再びぺこりと頭を下げた。
(ごめん、ウェン。僕、やらかした……)