表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
308/475

閑話 ノア&ウェン 13 特等席と、常識が崩れる風景

 昼を過ぎるころには、アヤコとウェンの顔色も戻り、三人はようやくランドセルを出てマーケットの通りへと繰り出した。


 だが、通りに足を踏み入れた瞬間、その空気はいつもと違っていた。


 中央の大通路が交通整理で封鎖され、ドローンが上空を巡回している。両脇には警備員とスタッフが立ち、群衆が柵の外に整列し始めているところだった。


「……なにこれ? イベント?」


 アヤコが首をかしげると、近くで案内をしていた制服姿の若い女性がにこやかに声をかけてきた。


「もう少ししたら、ここの主、オンリー様のパレードが始まるのよ! すっごく豪華なんだから。きっと見たら驚くわよ!」


 そう言いながら、嬉しそうに前方へ視線を戻す。


「ここの主って……たしか、じいちゃんが挨拶に行った人だよね?」


「うん。おじさんが、私たちに全部仕事押し付けて会いに行ったって言ってた」


 アヤコとウェンが顔を見合わせる。


「どんな人なんだろうね……」


 通りにはすでに大勢の人が集まりはじめており、最前列どころか立ち位置もままならない。ノアが前を見つめながら、苦笑いを浮かべて言った。


「どうする? パレード見たいけど……この場所じゃ、背伸びしても何も見えないよ」


 すると、先ほどの女性が再び振り返ってきて、ささやくように助言をくれる。


「あなたたち、もし休みで時間があるなら、下層の街に移動したほうがいいかも。ビルの屋上なんかも、今ならまだ空きがあると思うわ。お金はかかるけど、見晴らしは抜群よ」


 その言葉に、三人は礼を言って群衆を抜け、下層の街へと向かった。


 が――どこもすでに人で溢れ返っていた。


 ようやく見つけた一軒のビル。その屋上はまだ空いていたが、案内された受付で告げられた金額にアヤコは目を剥いた。


「……ぼったくり……」


 呆然としながら口をついて出た本音。隣でウェンが小さく肩をすくめる。


「三人で割れば……そんなでも……いや、やっぱ高いか」


「高いよ。一人頭10万Cって……庶民の感覚完全に無視してる」


 不満を漏らしつつも、ノアが周囲を見渡し、ようやく息をついた。


「……でも、この眺めなら納得かな」


 屋上からは、封鎖された中央通路が一直線に見渡せた。ちょうどパレードの最終地点が見下ろせる角度で、長い行列がこちらに向かって少しずつ近づいてきているのがはっきりと見える。


 周囲のビルの屋上にも見物客が集まり、賑やかなパーティを開いているグループもあれば、カメラを構えて中継しているような専門スタッフの姿もある。


 空気はやや乾いていたが、肌を撫でる風は心地よく、都市全体がざわついていた。遥か下、中央通路には警備ドローンと誘導スタッフが配置され、遠くからは楽隊のチューニング音が微かに響いてくる。


 アヤコもその光景を見渡して、思わず感嘆の息を漏らした。


「……確かに、すごい眺め……」


 そして一拍置いて、眉をひそめる。


「――いやでも、やっぱり高いわ」


「値段? それとも……このビルの高さ?」


 隣でウェンが冗談めかして問いかける。


「値段」


 アヤコはふふっと笑って、はっきりと言い切った。


 10万Cという額の余韻が、まだどこか腹の底に残っている様子だった。


 そんな二人のやり取りを見て、ノアは軽く苦笑を漏らすと、視線をパレードの進行方向へと向ける。


「……まだこっちには来ないみたいだし、何か飲み物でも買ってこようか。お酒以外でね」


 そこまで言った瞬間、アヤコが即座に振り向いた。


「ノア、クロに言って、機体壊してもらおうか?」


 無表情のまま、さらりと放たれたその言葉に、ノアは背筋をピンと伸ばし、視線を逸らした。


「……聞こえませんでした。では、行ってきます」


 小声でそう返すと、ノアはくるりと背を向け、音もなくビルの階段を降りていった。


 その背中を見送りながら、ウェンが小さく笑って呟く。


「……ノアって、不思議な人だね」


 その言葉に、アヤコはふっと笑いを漏らしつつ、肩をすくめる。


「うーん、ごめん。うち、不思議すぎる人だらけだから、もう何が不思議なのか分からなくなってきてる」


 軽く吹き出したウェンが、頷きながら返す。


「それ、すごくわかる。あの家、クロにシゲルさん……濃いメンツに囲まれてれば、感覚も麻痺するよね」


「そうそう。特にクロ! クレアを連れてきたかと思えば、今度はマスコット作るし。あれ? 何が普通だったっけ?ってなるんだよね」


 アヤコが冗談めかしてそう言うと、ウェンも思わず笑いながら返す。


「……私もそのうち感覚おかしくなってくるのかな~」


「なるなる。っていうか、もう始まってると思うよ? 不思議なことばっかり見てると、常識のほうが逆に変に思えてくるんだよ~」


 二人は並んで手すりにもたれながら、笑い声を交わした。都市の喧騒が少しずつ高まり始めるなか、ビルの上にだけ、ほんのひとときの静かな風が流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ