閑話 ノア&ウェン 10 未完成の設計図と、火が灯る瞬間
「シゲちゃん、いいな。良い後継者と、将来の凄腕ガンスミス――いや、武器スミスか」
そう笑いながらシゲルの肩を叩いた男に、シゲルは盛大にため息をついた。
「……あほか。何もわかっちゃいねぇ」
そう吐き捨てるように言うと、ジョッキに入ったビールを一口であおり、濁った声で続ける。
「まだ青いんだよ、どっちも。聞きかじった知識を並べて、ちょっと語れた気になってるだけだ」
そう言いながら、グラスをカウンと置く。
「たとえばだ。MQE――帝国が作った技術だ。連中がどう使おうが、それは奴らの勝手だろ? 外から“独占するな”って文句つけたところで、そんなもんは泣き言にしかならねぇ」
一瞬、場の空気が少しだけ引き締まる。だが、シゲルは構わず話を続けた。
「QEしか作れねぇって? だったら造れよ。文句言う暇があるなら、一から自分で造れってこった」
声は荒くない。けれど、その口調には芯がある。
「たとえば――フォトン社のPE。あれだって粒子エンジンなんて名ばかりで、結局はQEのパクリだ。けど、作ったんだ。完成させた。出力も遜色ない。……まあ、安定化が難しくて量産も難しいが、それでも“やった”んだよ」
そこでふっと息をついたシゲルは、空になったジョッキを片手で掲げる。
「おかわり、頼むわ」
声を張らずに言いながら、もう片方の手で端末を操作した。
「造れねぇ奴が、流通に文句を言う筋合いはねぇ。欲しけりゃ、自分で作りゃいい。……アヤコへの例えは、これだ」
そう言って、テーブルの中央に端末のディスプレイを向ける。
画面に映し出されたのは、黒塗りの多い設計図。だが、その輪郭と構造から、ただ事ではない雰囲気が滲んでいた。
「シゲちゃん……これって……」
誰かがかすれた声を漏らす。
次の瞬間、テーブルにいた全員が息を呑んだ。先ほどまでの賑やかな空気が、ぴたりと止まる。
「これはな、まだ机上の空論だ。俺が考えてる新型エンジンの設計図さ」
シゲルはゆっくりとグラスを受け取り、泡の立ったビールをひと口あおる。
「金もねぇ、設備もねぇ、実験環境なんて尚更ねぇ。でもな、思いついたら形にしたくなる。……だから描いた」
「おいおい……たまげたな……」
「これ、本気で言ってんのか……」
ぽつぽつと声が漏れる。その設計は、量子でも粒子でもない――見たことのない発想だった。
「いいか。世界ってのは“時空”を持ってる。それは、そこら中にあんだよ。空間の隙間、時間の狭間、エネルギーの流れ――それを使えねぇかって、そういう話だ」
そう語りながら、再びグラスを傾けた。
「もちろん、今んとこシミュレーションでは“動いてる”。でも、それだけじゃ足りねぇ。証明するには、造るしかねぇんだよ」
空になったグラスを置くと、画面をひとつの操作で閉じる。
「……造れてねぇ俺が言うのもなんだがな。ここまでやってから“文句言え”と、俺は思ってる」
その言葉に、誰かが「ああ……」と小さく声を漏らした。
その場の誰もが、そこにある“未完成の熱”に圧倒されていた。
だがシゲルはそれを受け止めるでもなく、さらりと話題を変える。
「それと、ウェンの方にはこれを見せてやる」
端末を再び操作し、別の設計図を映し出す。そこに映されたのは、ビーム系と実弾系を高度に融合させた一丁のハンドガン。
形状は無駄がなく、各ユニットの接合やエネルギー配分の工夫まで読み取れるほど、緻密に描かれている。とはいえ、こちらもところどころに黒塗りが走っていた。
「これはな、造る予定もねぇ。ただの――暇つぶしで描いたもんだ」
「これが、暇つぶしって……」
誰かが、ぽつりと絶句するように呟いた。
ウェンは一言も発さず、ただじっと設計図を見つめていた。技術者としての目が、そこに込められた“ふざけ半分では到底辿り着けない精密さ”を正確に捉えていた。
“暇つぶし”――そう言って笑う背中に、本物の凄みがあった。
「大体な。本職でもない俺がこれをウェンの親父――スミスに見せたら、鼻で笑われるのがオチだ」
苦笑まじりにそう呟いたシゲルに、ウェンが思わず反応する。
「そんなことないよ!」
即座の否定。だがシゲルは軽く首を振って、きっぱり言い返す。
「アホか。よく見ろ。実用性なんざ皆無だ。こんなの、ただのおもちゃだよ」
言われて改めて図面を見直す。だが――どこがおもちゃなのか、ウェンにもアヤコにも見当がつかない。
代わりに、周囲の者たちがぽつぽつと声を漏らし始めた。
「……なるほど、そういうことか」
「ああ、そこか。そうだな」
「う~ん、もったいねえけど、しゃーねぇな」
納得したらしい男たちは、各々の解釈であーでもないこーでもないと図面を指さしながら議論を始めていく。
――わかっていないのは、若い二人の少女だけだった。
そんな様子を見ながら、シゲルはテーブルの皿からソーセージを一本つまみ、口に運ぶ。
「……じゃあ簡単に言ってやる。まず、デカすぎんだよ。携行性なんてあったもんじゃねぇ。それに、エネルギーCAPと実弾マガジンを同時に積む構造上、どっちの装填スペースも大型化が必須になる。そんなんじゃ、ハンドガンとは呼べねぇだろ」
「あ、なるほど……」
「そうか……」
アヤコとウェンが、ようやく合点がいったように頷いた。
「他にもいろいろツッコミどころはあるが――ま、本気でやるなら解決できるかもしれん。だが、俺の本分じゃねぇ。暇つぶしだ」
シゲルはそう締めくくると、にやりとウェンの方を見やった。
「……やりたきゃ、やってみるか?」
その一言に、ウェンの瞳がきらりと輝く。
「はい。やってみたいです!」
「なら、くれてやる。暇なときにでもいじってみな」
そう言って、設計データを端末越しにウェンへと転送する。画面に送信完了のアイコンが浮かぶのと同時に、シゲルは最後にひと言、挑発的に付け加えた。
「……出来るもんならな」
その言葉は、完全に火をつけた。ウェンの内に眠る挑戦心が、ぱちりと音を立てて燃え上がった。