閑話 ノア&ウェン 9 “青い”技術と武器を語る夜
シゲルの紹介で、顔を売るためのあいさつ回りが始まった。
「よう、久しぶりだな」
その一声に、テーブルを囲んでいた面々が次々と笑顔を浮かべる。誰もが手にしたジョッキやグラスを高く掲げ、空気はたちまち歓迎の色に染まった。
「シゲルさん! 久しぶりだ~。今回はどうだい?」
「シゲさん、老けねえな~。で、なんか面白いもん持ってきてる?」
「シゲ君、何か目新しい情報ないかな?」
次から次へと声が飛び交い、シゲルは軽く手を振りながら笑みを返す。
その様子を見ていたアヤコとウェンは、並んで腰を落とすと、小声で顔を寄せた。
「おじさんって、何者なの?」
「う~ん。家じゃただの酒飲みのクソ爺なんだけど……ここに来て私もちょっと見直してる」
そんなやり取りに気づいたのか、シゲルがニヤついた顔で手招きする。目を合わせる間もなく、二人は半ば押し出されるようにして立ち上がった。
「こいつら、今回初参加だ。赤い髪のが口の悪いクソ孫のアヤコで、隣の金髪が、俺がいつも武器類を仕入れてる店の店主の娘――ウェンだ」
視線の先にあるテーブルへ、シゲルは堂々と紹介の声を放った。
「おら、挨拶しろ」
二人の背筋がわずかに強ばる。けれど、その場に逃げ場などなかった。ただ、紹介の仕方にはさすがに思うところがある。
「今そこのクソ爺に紹介されました、優しい孫のアヤコです」
皮肉たっぷりにアヤコが一礼しながら名乗ると、すかさず隣が続く。
「うちの父さんの何倍もカッコ悪い爺さんから紹介された、可愛い美少女ウェンです」
その言葉に、シゲルがむっとした顔で鼻を鳴らす。
「なにが“優しい”や“可愛い”だ。どっちも口ばっかり生意気なクソガキのくせに」
だが、周囲の笑い声がそれをかき消した。乾杯のグラスが再び打ち鳴らされ、場の温度は一段と高まっていく。
促されるままに席へとつくと、テーブルを囲んでいた面々と順にアドレスやコンタクトコードの交換が始まった。ざっくばらんな笑顔と軽口のなかに、どこか実務的な視線が混じるのを、アヤコもウェンも感じていた。
そんな中、シゲルがふとグラスを片手に話し始める。
「ちなみに、俺が売ってるプログラムや、レッドライン製のドローン。あれを設計してるのは――こいつだ」
言いながら、隣のアヤコを親指で示す。
周囲の視線が一斉に彼女へと向かう。小さく片手を上げたアヤコは、苦笑まじりに視線を逸らした。
だが、シゲルは続けざまに、今度はウェンを指さす。
「んで、こっちはまだ世に出てねえが――腕は確かだ。スミスの技術を、ほぼまんま受け継いでる」
一拍置き、彼は酒をあおったあとに付け加える。
「……ま、どっちもまだ青いけどな。それも含めて期待してやってくれ」
わざとらしく肩をすくめたその言葉に、テーブルの一人が吹き出した。
「へぇ。あんたの“青い”は信用できねえな。そうか、あのドローンは嬢ちゃんが作ってるのか。あれはいいもんだ。今回も何台か仕入れさせてもらう予定でな」
彼はグラスを掲げつつ、笑いながら続ける。
「うちの国じゃ、ドローンレースの上位勢のほとんどがレッドライン製を使ってるんだよ」
「ありがとうございます。もしかして……競技用の設計と制作を、よく依頼してくれてる方ですか?」
アヤコが首をかしげつつ訊ねると、男は破顔して頷いた。
「恐らく俺かもな。こだわりすぎて断られることが多いが、あんたは一度も文句言わなかった」
すると、別の席の男が茶々を入れるように声を挟んだ。
「青いね~。前にもその“青い”って言葉で持ち込んだ品、うちの整備班が後で全員黙っちまったぜ?」
「特にだな、ビームガンのあのカスタマイズ。撃つ音を実体弾の爆発音にして、ビームを銃弾風のエフェクトに変更、さらに撃鉄とフォルムを旧世代の実銃風に一から改造……普通、新しく作れって言うだろ。あれ、やったの嬢ちゃんか?」
「あ、はい。何年か前の、細かいこだわりが詰まった依頼ですよね。覚えてます」
アヤコは気まずそうに笑いながら、コップを両手で包み込む。
「たしかに、一から作る方が早かったです。でも、あれはやりがいありました。……まぁ、裏じゃ文句たらたらでしたけど」
その言葉に、テーブルの空気が一瞬やわらぐ。だがすぐに、技術談義が始まる気配が戻ってきた。
「ところで、アヤコちゃんは今主流のMQEについてどう思う?」
さっきの男が、唐突に問いを切り出す。
「俺はね、性能は確かに認めるが……あれが帝国でしか手に入らないのがどうにも気に入らない。で、最近注目されてる縮退炉はどうなんだ?」
「う~ん……安全性の差が一番大きいと思います」
アヤコはグラスを片手に、少しだけ真面目な顔になると、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「MQE――微小量子エンジンは、環境への影響がほとんどなくて、エネルギーの供給も非常に安定しています。だから、帝国以外でも欲しがるのは当然ですけど……それを独占されているという現状は、やっぱり問題ですね」
一拍置いて、視線をわずかに伏せる。考える癖が出たときの仕草だった。
「QE――量子エンジン自体は民間にも出回るようになってきましたけど、性能面ではやっぱりマイクロのほうが上です。その牙城を崩すために開発が進んでいるのが、今話題の縮退炉……」
「確かに、あれは桁違いのエネルギー量ですね。理論上は、ほぼ無限に近いです。ただ……」
言いながら、アヤコは静かに手元のグラスへ視線を落とす。
「万が一、縮退反応の制御に失敗した場合――コロニーひとつが消し飛ぶ可能性すらある。だからこそ、利便性とリスクの天秤が、今まさに揺れているんです」
場がしんと静まる。その一瞬の沈黙は、彼女の言葉が真剣に受け止められたことを意味していた。
「……いいな、ちゃんと話せるな」
誰かが感心したように呟くと、すぐに次の声が飛ぶ。
「じゃあ、ウェンちゃん。今主流になってきてる、ビーム系の携帯武器についてはどう感じてる? 火薬式とは違って、匂いも射出音も少ない。コストや弾の携行性も含めて、エネルギー系が上だって声も多いが――」
問いかけに、ウェンは静かにコップを置き、テーブル越しに視線を合わせた。
「これはもう、もう避けられない流れだと思います」
きっぱりと言い切るその口調には、年齢を超えた自信がにじんでいた。
「ビーム系は正確だし、精密性もある。それに、軽くて分解も楽。だから、性能面では圧倒的に優位なのは間違いありません」
だが、と小さく区切りを入れてから、続ける。
「でも、そのぶん“対応”もされやすいんですよね。今は携帯型のエネルギーフィールドやビームシールドが普通に出回ってますから。結局、それを前提にされちゃえば、優位性も薄れてしまう」
ウェンは少し肩をすくめるようにして、締めくくった。
「結局は、状況に合った武器を選ぶのが一番大事。それに……最後はやっぱり“好み”です。使う本人が信頼できるかどうか。それが一番、だと思います」
一瞬、場の空気がやわらかくなる。技術論に真剣に向き合う少女たちの言葉は、決して軽くはなかった。
「いいね。……いい回答だよ」
テーブルのひとりが、笑みを浮かべながらグラスを持ち上げた。
「結局は、使う側の“選択”なんだよな。その武器に命を預けられるかどうか。そう考えると、やっぱり“好み”ってのは大事なんだよ。最終的に信じられるのは、自分が選んだものだけだからな」
その言葉に、誰かが静かに頷いた。ウェンの答えが、ただの正論ではなく“実感”として受け止められていたことを示していた。