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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ノア&ウェン 8 夜宴と名刺代わりの出会い

 夜――シゲルの半ば命令めいた指示で、マーケット区下層の賑やかな飲食街に繰り出すことになった。


 そこは、住人や行商人たちがひしめく混沌とした場所。店の奥からはスパイスや炙り肉の香り、さまざまな方言や笑い声が渦巻く。色とりどりの料理と酒に囲まれて、夜の宴が幕を開ける。


 だが、最初に不満の声を上げたのは――やはりこの男だった。


「……で、なんで一番働いてた俺がお前らに奢らなきゃならんのかって話だ!」


 シゲルの豪快な怒鳴り声が店内に響き、周囲の客も一瞬だけ注目する。その前には、アヤコ、クロ、クレア、ウェン、ノアの五人がずらりと並び、すでにテーブルには豪勢な料理が所狭しと並んでいる。手にはそれぞれ箸やフォーク。腹ぺこの面々は、文句も気にせず食事の準備を始めていた。


 文句を言いつつも、シゲルはジョッキを手にし、勢いよくビールを煽る。アヤコは「うるさいなぁ」と笑いながら分厚い肉にかぶりつき、クレアは焼き魚の皿の前で小さな鼻先をひくひくさせている。


 ノアは落ち着いた手つきでサラダを取り分け、向かいに座るウェンへと真っ先に差し出す。ウェンは受け取った皿を嬉しそうに抱え、ノアに向かって無邪気な笑顔を返した。そのやり取りに、二人の距離の近さを感じ取る者も少なくなかった。


 その中央で、クロは湯のみを両手で包み、どこか遠くを見つめていた。皆の様子を静かに見守るような眼差しだ。


「クロ、食べないの?」


 アヤコが肉を頬張りながら振り返る。クロは小さく頷き、湯呑みに口をつけながら目を細めた。


「はい。少し眠くなってきたので……これから、少し寝ます」


「は?」


 ウェンが思わず素っ頓狂な声を上げる。「このタイミングで!?」とでも言いたげに、周囲の視線がクロに集まる。


 だがクロは、その反応にも動じず、ゆっくりと目を閉じた。


 端末を覗いていたアヤコが、隣のウェンの肩を肘で軽く突く。


「ウェン、大丈夫。すぐ起きると思うよ」


 ウェンは不思議そうに眉をひそめるが、ふと、クロがここ二日ほとんど休んでいなかったことを思い出し、ぽつりと小さく頷いた。それ以上は何も言わず、皿の料理に視線を戻す。


(そうだよね。夜番に徹夜で品出しして、アヤコの護衛もずっとだった。今くらい休んでも、きっと誰も怒らない)


 そんな様子を見届けてから、シゲルがジョッキ片手にテーブルをどんと叩く。


「夜は長ぇぞ。これからじっくり飲み食いしながら、情報も拾っていく。アヤコ、ウェン――今のうちに顔を売っとけ」


 そう言って、空になったジョッキを高く掲げる。


「いいか? この場はな、ただの食事じゃねぇ。顔を覚えてもらう場だ。俺みてぇに交友を広げるチャンスでもある」


 店員が新しいビールを運んできて、シゲルは片手で受け取りながら続ける。


「食い終わったら俺が紹介してやる。端末持って、情報交換しとけ。表の技術も、裏の技術も、全部だ。話して、学べ。こういう場を逃すなよ」


 その言葉に、アヤコとウェンの顔が一斉にぱっと明るくなる。未知の知識や技術、まだ見ぬ人との出会い――そのすべてが、この夜のテーブルを境に開けていくような予感をもたらした。


 ふたりは端末を手に、どこか落ち着かない様子で周囲を見回す。シゲルがどん、と再びテーブルを叩き、場の空気がきゅっと引き締まった。


「お前ら、奢ってやるんだ。俺を失望させんなよ」


 冗談めかしつつも、どこか親心の滲むその声に、自然と背筋が伸びる。


「今夜は腹いっぱい食って飲め。ただし――食うだけじゃ意味がねぇ。ここで“自分”を売ってこそ、初めて価値があるんだ」


 そう言って、シゲルはビールジョッキをぐいっと空け、立ち上がる。


「ほら、お前らもグラスと端末持ってこい。いいか、立ってる奴も座ってる奴も、ここにいる全員が“何か”持ってる。俺が片っ端から紹介してやるから、名前も顔も覚えられるだけ覚えろ。挨拶して情報を拾いまくれ。――交友は武器だぞ」


 その気迫に押されるように、アヤコとウェンもグラスと端末を手にして立ち上がった。


 アヤコは小声で「なんか緊張するね……」と笑いかけ、ウェンも「でも、楽しみ!」と頬を紅潮させて返す。


 そのやり取りを見届けてから、シゲルはノアに目を向けた。


「ノア、お前はクロを見ておけ。悪さする奴はいないと思うが、万が一のときは任せたぞ」


「はい!」


 ノアはきりりと頷き、クロの方へと目をやる。


 シゲルが「お前ら、準備はいいな? ――行くぞ!」と声を上げると、テーブルの上の料理や飲み物、賑やかな客たち――そのすべてが、今夜だけは“出会い”と“学び”の舞台へと姿を変える。


 アヤコとウェンは胸を弾ませながら、宴の輪へと一歩を踏み出した。

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