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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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空白の侵入者

 ようやくコンテナを受け取ったクロは、コロニーが視界から完全に消えるまでバハムートを進ませた。周囲に人工構造物の気配がなくなったのを確認し、コンテナを別空間へと格納する。


「……よし。時間が惜しい。向かうか」


 そう呟き、瞬時にバハムートが駆ける。目指すは、以前交戦があったポイント――今回の目標は宇宙海賊の襲撃があった宙域。


 だが、到着してみると、そこはすでに片付けられていた。残骸も、戦闘の痕跡も、目立つものは何もない。


 しかし――


 バハムートの黄金の眼には、微かに“色”が見えていた。


 いくつもの線が、空間の中にゆるやかに漂っている。肉眼には映らない、スラスターの塵の跡や匂いの痕跡。それらが、うっすらと三本、異なる方向へと伸びていた。


「……おそらく、一つは輸送艦。もう一つはコロニー側から来ている。なら、ハンターか軍。問題は最後――賞金首の軌跡」


 呟きながら、クロは端末で宙域図を展開する。


「えっと……今いる座標がここ。方向が……あれ、後ろ? いや、右?」


 端末を見ながら、姿勢を調整し視界を回す。


「コロニーがあったのは後方。正面には何もなし。左側も空域だけ。右の遠方に……あった、コロニー群。じゃあ……」


 バハムートは改めて正面を見据え、その中央に伸びている“色”を見つめる。


「……真っ直ぐに伸びた残滓。これが、賞金首の軌跡――だよな。多分」


 わずかに唇が動いた。


 確信とまではいかない。だが、方向は定まった。


 バハムートは無音のまま空間を滑るように進み、途中から周囲の星の光がその輪郭を掠めなくなっていく。表面から発せられる視覚情報が僅かにねじれ、光や探知波の経路が曲がる。以前と同様、空間そのものを“曲げる”ことで、存在そのものを曖昧にしていた。そのまま軌跡をなぞりながら、宙域を突き進む。進行方向には散らばる小隕石群があったが、進路を変えることなく無視し粉砕して突き抜けた。


 やがて、淡く揺れていた“色”の痕跡が、目に見えて濃くなりはじめる。バハムートは滑るように減速し停止する。空間歪曲は維持したまま、本体から分身体――クロが現れる。


「よし。内部潜入と行こう」


 視線を前方に向けたクロの金色に輝く目に、淡く残る軌跡が映る。


「この“色”の濃さ……もうすぐ本拠、あるいは迎撃域だな」


 姿勢を低くし、クロは慎重に進行する。やがてその目に入ってきたのは、宙に点在する無数の迎撃兵装。タレット、隠されたミサイルポッド、機雷――いずれも検知困難な位置に巧妙に設置されていた。


「……当たり。でも、まだロゴは見えないか」


 賞金首の直接的な確認には至らず、クロはさらに奥へと進む。罠の密度は増しており、進行方向には露骨な“拒絶”の意図が読み取れる。その先、ようやく見つけたのは――宇宙に浮かぶ海賊旗。


「……海賊旗、確認」


 端末を起動し、ロゴパターンを照合する。


「オクトパス海賊団。大型勢力らしいけど……ここを見る限り、規模は小さい」


 クロは静かに息を整え、視線をさらに奥へと向けた。


「……恐らく、末端中の末端で間違いなさそうだな。さて――忍び込むか」


 クロは小さく呟くと、自身の姿を空間のゆがみで覆い隠す。バハムートと同じく、光や熱、音の屈折によって“存在”そのものを視覚から外す処理。そのまま、拠点へと静かに近づいていく。


 周囲をぐるりと回りながら、侵入口を探る。だが、目立つ出入り口は見つからない。


「……仕方ないな」


 そう呟くと、浮かんでいた拳大の隕石を手に取り、透明な外装の一部――強化ガラスと思しき箇所に向かって思い切り投げつけた。


 硬質な破砕音と同時に、内部からけたたましい警報音が鳴り響く。その音とほぼ同時に、建物の複数箇所でシャッターが一斉に降り始めた。赤い警告灯が回転し、数人の武装した海賊たちが慌てて飛び込んでくる。


「おい誰だ!」


「外からの攻撃か!?」


「警備は何やってた!?」


 興奮した怒声が飛び交い、何人かは武器を構えながら警戒を強めていたが――そこに、“誰もいない”ことを確認する。


 床に落ちたのは、ただの隕石ひとつ。割れたガラスの破片と、その中央に転がる隕石を囲むように、海賊たちが集まる。


「……なんだよ、これ……隕石?」


「この隕石のせいでアラート鳴ったのかよ……」


 一瞬で緊張が緩み、誰からともなく苦笑が漏れる。


「おいおい、誰だよ一番ビビってたのは?」


「いやお前だろ! 入ってきた瞬間、顔真っ青だったじゃねぇか!」


 いつの間にか、海賊たちは笑いながら互いを肘で突き合い、先ほどまでの緊張を嘘のようにほぐしはじめた。


 ――だが、その時すでに、クロは彼らのすぐ横を、無音で通り抜けていた。


 内部に潜入したクロは、空間歪曲を維持したまま通路を進んでいく。先ほど入ってきた武装した海賊たちの顔を順にスキャンしており、端末で照合を始める。小さな表示ウィンドウが浮かび上がるたびに、次々と「該当なし」の文字が並んだ。


「……いない」


 クロは小さく呟き、壁に掛かれていた配置図を見て視線を倉庫エリアがあると思われる方へと向ける。この拠点で今一番コロニーが欲している資材や物資があるのはそこだ。


 だが、その足を進めながらも端末を見つめたまま、クロは静かに考える。


「――キャプテンにしか賞金はかかってない。もしくは、まとめて“組織単位”でか?」


 不確かな状況に、眉がわずかに動く。敵の規模、組織構造、個別の懸賞状況――まだ断定できる材料は少ない。


 進みながら倉庫を目指していたはずが、気づけばクロは別のエリアに足を踏み入れていた。目の前に広がっていたのは――格納庫だった。


「……あれ?」


 軽く視線を泳がせる。配置図を脳裏に思い浮かべたが、どう見ても、目指していた場所ではない。


「いや……地図さえわかれば、私は迷わない。だから違う、はず」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、端末を操作し始める。格納されている戦艦や搭載機のIDデータをスキャンにかける。


 すると――該当する懸賞情報がいくつか浮かび上がってきた。


「……オクトパス海賊団所属。構成部隊、ミズダコ海賊団」


 端末上に表示されたデータとロゴを見て、クロは小さく眉をひそめる。


「タコ由来の名前ばかりか……なんというか、センスが……」


 やや脱力した声が漏れる。


「懸賞金、300万C。条件は――全滅。明確だな」


 ひとまず賞金首の情報は得たと判断し、クロは再び本来の目的地へと向かう。


 今度こそ、と慎重に通路を進み、目の前に現れたシャッターを静かに開く。中に広がっていたのは、資材や物資が高く積まれた倉庫だった。


「あった……良かった。方向音痴では、なさそうだ」


 小さく息をつきながら、クロは視線を資材と物資の山へと移す。ラベルを確認するたびに、その多くが“アヤコのいるコロニー”宛てであることが判明する。


「これだけの量……ハンターは一体、何をしてるんだ?」


 その独り言には、呆れと、わずかな怒りが混じっていた。


「まったく、やる気のない奴らだな。……まあ、俺のために残してくれていたと思うことにしようか」


 皮肉めいた声で呟くと、クロはゆっくりと右手を掲げた。その指先から、わずかに空間が波打つ。そして倉庫全体を覆うように、別空間へ収納が開始された。


 数秒後――そこにあったはずの資材と物資はすべて、空間の裂け目へと吸い込まれるようにして消え去った。残されたのは、ただのがらんどうとなった倉庫だけだった。


「……よし。ついでにキャプテンの顔でも拝んでおくか」


 クロはくるりと踵を返し、シャッターを下ろし倉庫を後にする。その瞬間――激しい警告音が鳴り響いた。


 赤い警報灯が各所で回転し、次いで、内部放送が響き渡る。


『侵入者だ! 倉庫が空になってやがる! 何をしていた、すぐに向かえ! このボケナスどもが!』


 怒鳴り声の混じった音声がスピーカーから叩きつけられるように流れ、拠点全体が慌ただしさを帯び始める。


 だが、クロの足取りは変わらなかった。


「……カメラか。見られてたな」


 冷静に呟いたクロは、キャプテンの顔を見るのをやめ、即座に本体――バハムートの元へと転移した。


 その姿が完全に消えたわずか数十秒後。海賊たちが大挙して倉庫に駆けつける。


 シャッターを開けるとそこには――誰もいない何もない空間だった。


 破壊された鍵もなければ、足跡もない。あるのは、ただ、棚ごと資材と物資が丸ごと消え失せた“空っぽの倉庫”だけ。


 不自然なほどに、静まり返っていた。

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