閑話 ノア&ウェン 4 タグと距離と、終わらぬ地獄
マーケットに到着するや否や、シゲルの指示で一斉に作業が始まった。アヤコはドローンを巧みに操りながら、荷物を次々と降ろしていく。ウェンとノアは、積み下ろし指定エリアで膨大な品目のチェックとタグ付け作業に追われていた。
事前リストはあるものの、途中で追加仕入れされた商品や、今回回収した“特別品”も多い。三人は余計な私語を交わす余裕もなく、ただ黙々と作業に没頭するしかなかった。
タグ付けされた商品は、エリア端の自動配送車が感知してアームで運んでいく。箱をしっかりと掴み上げ、満杯になるたびにシゲルの店専用の倉庫へと自動で搬送されていく仕組みだ。
「………………」
「………………」
ウェンとノアは並んでしゃがみ込み、それぞれの端末を手に一心不乱にバーコードを読み取り、タグを貼り付けていく。無言の作業が続く中、目の前の在庫がようやく減ってきたと思ったその瞬間――
ピッ、ピッ、と軽やかな電子音と共に、ドローンが新たな荷物を上空から降ろしてきた。
「おおい……」
「おおいよね、これは……」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく小さく溜め息をもらす。まるで機械の一部になったかのように、反射的に作業に戻るしかなかった。
アヤコはドローンの操作席から様子を見守りつつ、効率良く荷物を順番に下ろしていく。
ウェンとノアはその度にリストを確認し、商品を素早く仕分け、タグを貼り、自動配送車が積み込んでいく――その一連の流れを、もはや何十回と繰り返していた。
気づけば昼食も取らず、休憩すら忘れて作業に没頭していた。ふとした瞬間、ウェンが手を止め、ぽつりと声を漏らす。
「あっ、これ……」
「ん?」
ノアが気になって顔を上げると、ウェンが手にした箱には、見慣れた“ロック・ボム”のロゴが刻まれていた。
箱を開けてみると、中にはスミスが目利きしたビームガンやビームソード、それに精巧な銃火器の数々がぎっしりと詰まっていた。
単調なタグ付け作業の最中に、ふと現れた“ロック・ボム”のロゴと見慣れた商品たち。無機質だった時間に、ささやかな“ホーム”の温度が流れ込む。二人の間に、微かに安堵と懐かしさの色が浮かんだ。
しかし、その余韻を断ち切るように、端末からアヤコの軽やかな声が響く。
『ちょっと、商品見てないで手動かして~。どんどん運んじゃうよ? それと、イチャイチャしない!』
ウェンは慌てて顔を上げ、大声で抗議する。
「イチャイチャなんかしてないから!」
だがアヤコは全く動じず、茶化すように続ける。
『はいはい、手ぇ動かそうね~。このままだと荷物に埋もれて、二人だけで夜まで残業だよ~』
そのからかい口調に、ウェンは思わずむくれ顔になりながらも、再び端末に手を伸ばした。
「もう……だから違うってば!」
ぶつぶつと文句を言いつつも、作業の手は止めない。
その横で、ノアは淡々とタグを貼り続けていたが――ふと手を止め、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……まあ、それも悪くないかもな」
小さな独り言は、倉庫の喧騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。
けれど、無言で並ぶうちに生まれた静かな時間が、ほんのわずかに、ふたりの距離を縮めていた。
やがて、ドローンでの運搬を終えたアヤコも加わり、三人はようやく積み下ろし作業の終わりを迎えた。
全身が重くなるほどの疲労感に包まれたまま、ウェンは大きく伸びをし、ノアも端末をそっと置く。アヤコは「終わったー!」と小さくガッツポーズ。
そこへ、どこか満ち足りた表情でシゲルたちが戻ってきた。
アヤコは、すかさず声を上げる。
「遅い! どこ行ってたのよ!」
シゲルは肩をすくめて笑い、淡々と答える。
「この小惑星の主に挨拶してきたんだ。お前だけに任せておくわけにはいかねぇだろ」
そう言いながら、シゲルは軽くアヤコの額にデコピンを食らわせる。アヤコはおでこを押さえて、ぶつぶつ文句を言いながらも、他の商品についていくつか質問を重ねた。シゲルはそれに一つずつ短く答え、必要な情報を手際よく伝えていく。
やり取りが一段落したところで、シゲルが場をまとめるように言う。
「さて、店に行くぞ」
ウェンがふと首をかしげ、問いかけた。
「おじさん、ランドセルで寝泊まりしないの?」
シゲルは声を立てて笑いながら、やや誇らしげに返す。
「寝泊まりはランドセルでするさ。でも、店の準備がまだ終わっちゃいねぇ。今夜は徹夜決定だな」
その一言に、三人の間に絶望とも諦めともつかない空気が一気に漂う。
ウェンはその場にへたり込むように膝に手をつき、ノアは無言で天井を見上げた。アヤコはため息まじりに「……夜明けまでに終わるかな」と小さくぼやく。
――かくして、積み下ろし地獄を乗り越えた先には、さらなる“商品の陳列”という新たな戦いが待っていた。