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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ノア&ウェン 3 神聖な守り人と、武器屋の決意

 やがて――艦内に再び、テンション高めの館内放送が鳴り響いた。


『アヤコ、ウェン。終わったからブリッジに来い。今から戦利品をかっさらうぞ!』


 場違いなほど明るいシゲルの声に、リビングの空気が一気に緩む。その一言が、戦闘の終了を何より雄弁に物語っていた。


 アヤコは安心したように頬を緩め、隣で不安そうに座っていたウェンの手をそっと取る。


「行こうよ。じいちゃんがあそこまでテンション高いってことは、何事もなかった証拠。ブリッジ行けば、ノアの機体も見られるしね」


 その言葉に、ウェンは小さく頷いて立ち上がる。二人は連れ立って、静まり返ったリビングを後にした。


 ブリッジの扉が開いた瞬間、真っ先に飛び込んできたのは、シゲルの下品なまでの歓喜だった。


「よっしゃ! よっしゃ! 追加で販売できる物資ゲットだぁ! 儲けられる!」


「じいちゃん……はしたないよ」


「うるせぇ! いいからさっさとドローン動かせ! ウェンは荷物を整理して見やすく並べとけ! 後で選別して値段決める!」


 まるで市場の親父のような指示を飛ばしながら、シゲルはブリッジ中央で大笑いしていた。


 アヤコは肩をすくめながら席に着き、ドローン制御パネルを操作してハッチを開く。コンテナが次々と格納ベイに引き込まれていく中、ウェンはブリッジに足を踏み入れた瞬間、視線を奪われた。そこにいたのは――ノアの専用機、アルカノヴァ。


「……綺麗……」


 無意識のうちに、ぽつりと声が漏れる。スクリーン越しに映し出された機体は、まるで神話から抜け出した守護者のようだった。


 白い装甲は、今までよりもさらに純白に輝いていた。艶消しの質感の中にわずかな光を含み、そこに重なるように赤と青のラインが走る。以前はもっと攻撃的だったその配色が、いまは調和のとれた“意志”に見える。


 そして――深く沈んだ黒が、機体全体に影のような輪郭を与え、静謐と威厳をまとわせていた。


 獣のようだった鋭いフォルムには、かつての棘がなかった。代わりに浮かび上がっていたのは、柔らかな曲線と繊細なエッジ。機械でありながら、生命の気配すら宿すかのようだった。


 両肩から突き出たウイングブレードは、黒から純白へと変化していた。まるで羽ばたく直前の天使の翼のように――静かに、しかし確かに存在を主張している。


 背部には、推進と高出力を兼ねたブースターユニットが中央に鎮座し、周囲を囲むように配置された小型スラスターが、微かに揺れながら待機している。


 かつては不規則に展開されていた六枚のブレードも、いまは放射状に広がり、淡く滲む光をまとって整然と振動していた。その静かな律動は、ただの兵器ではない何か――“信頼”を象徴する光景に見えた。


 さらに印象を変えていたのは、頭部のアンテナとバイザーだった。二対のアンテナが大きく開き、以前は赤く輝いていた閃光が、いまは澄んだ黄色に変わっていた。それは怒りや猛りではなく、冷静な意思と静かな力を宿す光だった。


 全体のシルエットは、もはや“戦闘獣”ではなかった。“守るために立つもの”――神聖な守り人。ウェンには、そう見えた。


 そのあまりの美しさに、身体が動かなかった。作業の指示も、物資の整理も、何もかもが頭から抜け落ちていた。


「働け! 宇宙に放り出すぞ!」


 唐突に飛んできたシゲルの声が、ウェンの意識を現実へと引き戻す。


「は、はいっ!」


 慌てて作業席に向かい、届いた物資の仕分けを始める。けれどその視線の端には、ずっと――アルカノヴァの姿が映っていた。


 どうしてクロじゃなくてノアが宇宙にいて、どうして今あの機体が戦っていたのか。そんな疑問すら、いまは頭に浮かばなかった。


 ただ、ひたすらに――見惚れていた。


 すべての回収作業を終え、アヤコとウェンはリビングへと戻った。


「ね、問題なかったでしょ?」


 そう言ってアヤコが肩越しに笑いかけると、ウェンはふっと息を吐き、ほっとしたように頷いた。


「……よかった。本当に」


 その声は安堵の色に包まれていたが、その奥にはまだ小さく震える感情が残っていた。


 ソファに腰を下ろしながら、ウェンはぽつりと口を開いた。


「今になって、自分が扱ってきた武器のこと……改めて怖いって思った」


 アヤコは驚いた様子も見せず、静かに頷きながらその言葉に耳を傾ける。


「今まで“かっこいい”とか“綺麗”とか、威力や性能ばかりを見てきた。でも今日、初めて実感した。武器って……人を殺すものなんだって」


 その言葉は淡々としていたが、その分だけ重かった。


 ウェンは少しだけ視線を落としながら、ゆっくり続けた。


「そして……それが自分に向けられたとき、どれだけ恐ろしいかもわかった。ノアが守ってくれたってわかってる。あの瞬間だって、私を助けるために動いてくれてた。でも、やっぱり怖かった」


 拳を軽く握る。白くなるほどの力ではなかった。ただ、自分の中に芽生えた感情をどう扱っていいのかわからずに、指先に託しただけだった。


「でもね、助けられたのも――武器だった」


 そう言って、ウェンはわずかに首を振った。


「結局、使う人の心次第なんだよね。手に持つその人が、どんな覚悟で向き合ってるかで――善にも悪にもなるって、今日、改めて思い知らされた」


 静かに、けれど深く沈み込むようにこぼされたウェンの言葉に、アヤコはただ頷いた。無言のまま隣に腰を下ろし、そっとウェンの背に手を添える。


「……そう感じられたなら、大丈夫。ねえ、今でも武器は――好き?」


 問いかけは押しつけがましくなく、優しくウェンの胸に染み込んでいくようだった。


 ウェンはわずかに目を伏せ、両手を重ねた膝の上に視線を落としたまま、小さく頷く。


「うん。……好き。むしろ、前よりずっと強く感じた。だから私は、“武器屋”として、もっとちゃんと向き合おうと思う。人のためになる武器を作るって、覚悟を決めた。――私は、人の助けになれる武器職人になる」


 言い切るその声には、揺るぎない決意が宿っていた。


 アヤコは満足そうに目を細め、にっこりと微笑む。


「うん。……良かった」


 それだけを伝えると、それ以上は何も言わなかった。ただ隣に寄り添い、手のひらに込めた温もりで、そっと背中を支える。


 リビングの空気は静かだった。だが、その静けさは何かを耐えるものではない。覚悟を経た者だけが纏う、凛とした落ち着き――そんな静けさだった。


 やがて、ノアが無事に帰還し、リビングの入り口に姿を現す。ウェンはほとんど弾かれるように立ち上がり、駆け寄ると、心からの言葉を届けた。


「おかえり! よかった……ほんとに」


 ノアは驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに、自然な笑みがこぼれる。


「……ただいま」


 その短いやり取りの中に、確かな安堵と小さな誇りが交差する。


 ランドセルは静かに進路をオンリーワンへと向けていく。二人の心の中に、ほんの少しだけ新しい色が差し込まれていた。

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