閑話 ウェン・ボム 3 設計の迷いと再起動
「打撃系の仕様については、なんとか形になってきたんだ。これがその設計図なんだけど……」
そう言って端末を操作すると、ホログラムが起動し、約30cmのスティック状装備の図面が投影された。
(失敗の設計図を見せながら説明するのって……やっぱり辛い)
「スライムと中和剤、両方のカートリッジを収納できる構造にしてあって、先端の蓋をスライドすれば、スラコンが瞬時に展開して硬化する。……ここまでは、なんとかできたの。でもね――」
そこまで語ったところで、ウェンの表情が曇る。
(ここから……ここからが一番のネックなんだ)
「電磁波での形状制御――そのための周波数設定がネックだったの。一瞬で形状制御して硬化まではできるんだけど、拘束モードだと硬化までに時間がかかって、振った瞬間にスライムが飛び散っちゃう。……どうしても安定しないのよ」
冷静を装おうとしていたものの、言葉の端々には焦りが滲んでいた。指先にわずかな震えを感じながらも、ウェンは再び端末に指を滑らせる。
(うう……見せたくない。でも、依頼されたからには、進捗状況はちゃんと伝えなきゃ)
「天井や壁面に貼りつけて展開するモードも試したんだけど……これはもっと酷いの。打撃状態との切り替え時にシステムの同期が取れなくて、干渉が激しくて……まるで噛み合わないの」
投影されたホログラムには、複雑な回路と周波数変換構造が描かれている。理論上は成立していても、実働へとつなげるには壁があまりに高い。
「どうやっても、ひとつにまとめることができないの……」
ウェンの声は徐々に小さくなり、最後には力なく消えていった。端末を操作する手が止まり、彼女の指先は膝の上で固まったまま動かない。思考が渦を巻き、出口の見えない暗闇に絡め取られるような心地。まるで、鎖に絡め取られたまま、崖から飛び降りているような感覚だった。
沈黙が事務所を包む中――クロが、ふと口を開いた。
「……別に、一緒にしなくてもいいんじゃないですか?」
その静かで淡々とした声に、ウェンの肩が小さく跳ねた。思考が止まった。崖から落下していた感覚が、ふと静止する。
「……え?」
思わず聞き返したウェンに、クロは変わらぬ調子で続けた。
「無理に一体型にこだわらなくてもいいと思います。それぞれ独立した機能として設計すれば――干渉も避けられる。拘束用途なら、スライムタッカーの改造で撃ち出す方式もあるでしょう?」
その一言が、ウェンの思考に電流のような刺激を走らせる。
(できる……たしかに、できる。でも――それで、いいの?)
迷いかけたその瞬間、クロの言葉が、完全に思考の鎖を解き放った。
「私は別に、一つにまとめてほしいなんて、言っていませんよ」
その声は淡々としていたが、迷いはなかった。
「提示した条件は三つだけです。――小型であること。ギルドで流通しているスライムのカートリッジを使えること。そして、違法性のない構造であること。それだけです」
「……あ」
ウェンの目が見開かれる。絡め取っていた鎖は音もなく砕け、崖から落ちていると思い込んでいた心は、いつの間にか平地に降り立っていた。
(そうか……一体化って、私の我がままだったんだ。クロはそんなこと、一度も――)
「そうか……そうだよね。クロは最初から、そんなこと……」
ウェンは小さく、けれど確かな気づきに肩を落とし、自嘲気味に笑った。
(悔しい……本当は、自分で気づかなくちゃいけなかったのに)
その想いが滲むように、唇がかすかに震える。けれど、すぐに表情を引き締め、画面に向き直った。
「打撃武器としては、これで十分ですよ。この素材がビームや実弾に耐えられるなら、それで問題ないです」
クロの声には、曖昧さがなかった。それを聞いたウェンは、まっすぐに頷き、クロが聞いて来た質問の説明を端的に行った。
ひととおり話し終えると、クロは静かに席を立ち、事務所の出入口へと向かう。
「――打撃用は、それで問題ないと思います。あとの二つの仕様、構想がまとまったら教えてください」
「うん、わかった!ありがとう、クロ!」
その返事は、さっきまでの沈んだ気配が嘘のように明るく、はっきりと響いた。ウェンの瞳の奥には、燃え上がるような熱が宿っている。挫けかけていた気持ちが、再び火を灯した瞬間だった。
クロが静かに事務所を出ていく。その背中を見送りながら、ウェンは端末へと向き直った。
もう一度、これまで〈ボツ〉と記された設計図の数々を呼び出し、ひとつずつ分解しはじめる。
(これとこれは……分ければ干渉しない。もっと小型化できる。それに、素材の見直しも――ううん、全体の構造から再構成してみよう。今なら、もっといい設計図が描ける!)
止まっていた思考が、再び勢いよく動き出す。次から次へとアイデアが浮かび、手が止まらない。
スミスがカウンターの陰からそっと覗いていることにも気づかず、ウェンは没頭したまま設計を進めていった。
その瞳は真っ直ぐに画面を見つめ、指先は迷いなく未来を描いていく。
――そして、数日後。
新たな設計はついに形となり、試作と開発へと着手できる段階へと進んでいく。