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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
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閑話 ウェン・ボム 1 託される火花

「くそ~~~~!全然うまくいかない!」


 女性ボーカルの歌声がスピーカーから流れる中、ウェンは帽子を脱ぎ捨てると、乱暴に髪をかきむしった。整えたばかりのポニーテイルが無惨に崩れていくのも構わず、両手の指が頭皮を引っかくように動く。その苛立ちは、ただの失敗ではなく、積み重ねた工夫が瓦解する絶望にも近かった。


 歌声に励まされるどころか、逆に焦燥が煽られる気さえした。テンポの良いリズムが、自分の作業の鈍さを嘲笑うように響いてくる。


 ここは、ロック・ボムの事務所。実家の一角にある事務所スペースだ。端末の前に座ったウェンは、いくつもの設計ファイルを次々と閉じていく。指の動きは荒々しく、ついには一つ、また一つと図面を破棄する操作が続く。


『ウェン、難しいね……全部を一つにまとめたいんだけど』


 端末のサブウィンドウに浮かぶアヤコの顔が、少し眉を寄せながらそう呟いた。画面越しの彼女もまた、似たような疲労と葛藤を抱えているように見える。


「くやし~~っ! あれを直せばこっちがズレるし、こっちを調整すればあっちが破綻する! もう、何が正解かわかんないっ!」


 椅子にもたれかかりながら頭を抱えたウェンの目には、焦りと怒り、そして諦めきれない悔しさが浮かんでいた。


「……こんな時、母さんがいてくれたらなぁ」


『今、全国ツアー中なんでしょ? 帰ってくるのって……』


「四年後。ほんっと売れっ子のギタリスト兼ボーカルだからってさ、そこまで全国回らなくてもいいのに。今どき、スタジオでライブ映像作って配信すれば済むじゃん」


 吐き出すように言いながら、ウェンは視線をポスターへ移す。壁に貼られたそれには〈ライジン〉のロゴとともに、五人のバンドメンバーが写っていた。中央で絶叫するように歌う女性――長い金髪をポニーテイルにしたその姿は、どこかウェンと面差しが似ていた。


『チェーンさん、すごいよね。生で見たいって要望が多いから、みんなで全国回ってるんでしょ』


「うん……アドバイス欲しいけど、自分たちだけでやりたいって気持ちもある。悩ましいよ、ほんと」


 ポツリと呟きながら、ウェンは消しかけた設計図を再度開く。そこには、途中まで完成していたユニットの構造が緻密に描かれていた。


「クロの装備……要望だけ見ると簡単そうなのに、実際はめちゃくちゃ難しい」


『う~ん、スライムを使った万能ガジェット兼武器、しかも携帯サイズ……制作がネックだね』


 アヤコも同じ図面を見ながら、画面越しに眉間へ皺を寄せる。二人の設計者にとって、それはまさに未踏の領域だった。


「大きいサイズならある程度作れそうだけど、現実的じゃないし……」


 ため息を交わし合うように、言葉が途切れた。そのとき、扉の向こうからチリンと小さな来客ベルの音が響いた。どうやら、誰かが店に入ってきたようだ。


『店、いいの? 出なくて』


「父さんがカウンターにいるから大丈夫」


 答えながらも、意識は設計図から離れない。ふたりは再び図面に目を戻し、ああでもない、こうでもないと意見を交わし続けた。


 そのとき――カウンターの方から、聞き慣れぬほど饒舌な声が聞こえてくる。いつになく話に熱がこもっているようで、低く渋いトーンの中に珍しく高揚感が混じっていた。


 けれど、ウェンの胸には、どこか落ち着かない感覚が広がっていく。父の声が弾むなど滅多にない。それが“嬉しさ”からくるものなのか、それとも――別の何かなのか。言葉の端々に滲む熱量が、逆に不穏な予感を引き寄せていた。


「珍しい……父さん、あんなに語ってる」


 首を傾げるウェンに、アヤコがふと思い出したように声を上げる。


『あっ、そうだった! ごめん、今日クロが行ってるんだ。たぶん今そこにいるの、クロだよ』


 その瞬間、ウェンの表情が一変する。


「えっ」


 短く息を呑むと、椅子を蹴るようにして立ち上がった。心臓の音が跳ねる。理由は聞かなくてもわかる。試作が届いたのだ。ならば――


 ウェンはほとんど駆けるように作業スペースを飛び出し、カウンターのある店の方へ向かっていく。扉の向こうからは、スミスの声がはっきりと聞こえてきた。


「……後は調整だ。試射室に行こうか」


 その言葉に、ウェンの胸がざわつく。父の口調は穏やかだが、何かを決定づけたような響きがあった。


 迷っている暇などない。ウェンは勢いよく扉を開け放ち、視線をまっすぐ父に向けた。


「父さん、それ……私がやる!」


 その声には、決意と焦燥、そして譲れない何かが混じっていた。


 だが、スミスは一度だけ静かに首を振る。


「ダメだ。今回は――諦めろ」


 短く、それでいて決定的だった。


 ウェンの胸が、ぎゅっと締めつけられる。足もとが少しだけ揺らいだ気がした。


 それでも食い下がりたかった。けれど、スミスの眼差しには迷いがなかった。

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