閑話 ノア・シンフォス 14 鬼と魔王と、理想のじいちゃん
その様子に、ギールは満足げに頷きながら、どこか仕返しめいた笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「……じゃあ、ついでに補足しておこうか。軍用じゃない機体もね、戦艦と同じく“ユニバーサル規格”の共通フレームで作られてるんだ。各メーカーが出してるパーツ同士を組み合わせて、整備士や設計士がハンターの好みに応じて構築していく」
そこで一拍置き、肩をすくめて付け加える。
「ただし、戦艦と違ってフレームの種類は複数あってさ。それぞれにクセがある。……その話は、まあまた今度。とにかく、設計工程そのものは戦艦とほとんど変わらないよ」
その説明に、マイが「やばい!」と言わんばかりに立ち上がる。だがギールは、彼女の動きを片手であっさりと制し、まるで待っていたかのように話を続けた。
「マイの機体も、最初はシゲルさんが設計を進めてくれてたんだけどな……」
その語尾が妙に芝居がかっていたせいで、ノアは無意識に息をのむ。
「“一度は許された”のをいいことに、マイがまた調子に乗って、口の悪さ全開で絡んだもんだから――とうとうシゲルさんが堪忍袋の緒を切らしてさ」
「やめろぉっ!! 言うなってばぁ!!」
「縛り上げられて、口をこじ開けられてな。『口が悪ぃんだな……治してやるよぉ~』って言われて、激辛カレーや地獄ジュースを、そりゃもう無理やり口の中へ――」
「このクソギィィィィィル!!!!」
マイの怒声が室内に炸裂し、ソファーのクッションがまたひとつ潰れる。
しかしギールは、そんな怒りにもまったく動じることなく、さらりと続けた。
「そのあと、泣きながらアヤコちゃんに助けを求めてさ。『鬼はイヤ、お姉ちゃんがいい』ってな。あの時の顔……まだ覚えてるよ」
「……っぐぅ……!」
マイのHPはゼロどころかマイナスになりかけていた。クッションに顔をうずめ、肩を小刻みに震わせながら、もはや沈黙するしかなかった。
そんな様子を横目に見ながら、ギールは満足げに息を吐き、すっきりした顔で姿勢を整える。
「――うん、マイはこのへんで許しておこうか」
そう言って視線を移すと、豹柄のジャケットを羽織り、胸元にドンとリアルな豹の顔がプリントされたTシャツを着た――あの、強烈な関西弁の女性がいた。
「この派手な人が、ハン・カーマイン。チームの整備士で、実はシゲルさんの弟子でもある」
「えっ、それって――」
ノアが驚いて声を上げかけたところで、ギールがひと言、さらりと重たいオチを落とす。
「――ただし、修業時代に店の金に手を出して、シゲルさんに激ギレされて、盛大にボコボコにされたけどね」
「……えぇ……」
ノアの声には、呆れと若干の同情が入り混じっていた。
その横で、ハンはぶるぶると震え始める。
「ち、ちゃうねん……あれは事故や。ギャンブルが悪いんや……」
「いや、完全にハンが悪いでしょ」
ギールが即座にツッコミを入れる。
「オンラインの賭けポーカーでカモにされて、さっさと引けばよかったのに、のめり込んだ挙げ句――」
「ちゃうちゃう! 勝ってたんよ最初は! それが途中から急にボロ負けし出してなぁ……でもそこで引かれへん! マイナスのまま終わるなんて、プライドが許さんやろがい!」
開き直るような口調で弁解するハンだったが、ギールは肩をすくめて続ける。
「で、最終的に赤字補填で帳簿をちょろまかしたら、当然のようにあっさりバレて、シゲルさんに正座させられた挙句、渾身の正拳突き。しかも三発」
「ぎゃー思い出させんといてぇぇぇ……!」
ハンは頭を抱え、ソファーの背もたれにうずくまる。
ギールはその姿を見て、あくまで涼しい顔で締めくくった。
「ちなみに、そのときの損失は、シゲルさんが自分でオンラインポーカーに参加して、全額取り返してた」
「なんなんアイツ……! 鬼やろ、もはや魔王やろ……!」
ハンが叫ぶように吐き出したその言葉に、ギールはあくまで淡々とした口調で返す。
「いや、ただ――引き際が鮮やかだっただけだと思うよ?」
「いやいやいやいや!! あれだけ勝ってたら、フツーもっといけるって思うやんかいな!!」
ハンはソファーをバンバン叩きながら、憤慨と敬意がないまぜになった顔で叫ぶ。
だがギールは、どこか諦めたような笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「――だからこそ、シゲルさんなんだよ」
正論とも皮肉ともつかないその言葉に、震えるハンの叫びが重なる。ノアは視線をそらしながら、静かに思った。
(……いや、確かに。規格外すぎる……)
ふと疑問がこみ上げる。
「シゲルさんって、どうしてそこまで皆さんに……? ここまでの人なら、クロさんを養子にしたのも自然というか、むしろ当然な気がしますけど……」
問いかけると、ギールは少し肩をすくめ、優しく返す。
「そこは――シゲ爺が詳しいかな」
そう言って、最後に紹介されていなかったひとりへと視線を向ける。
そこにいたのは、見た目こそ“普通のお爺さん”だったが、ただの老人とは思えない気配を纏っていた。
長い白髪は丁寧に後ろで束ねられ、しわの深い顔立ちは柔和に整っている。身に纏う藍色の羽織は、品があり、どこか格式を感じさせた。
手にしたステッキは少し太め――だが、背筋は真っ直ぐに伸びており、どこにも“衰え”を感じさせない。むしろ、その佇まいには気品と静かな威圧感すらあった。
「ノア。この人が、シゲル・トクガワ。こう見えて――現役のハンターだよ」
「ギールよ、“こう見えて”は余計じゃぞ」
ゆったりとした口調でそう言いながら、老爺――シゲルは穏やかに立ち上がった。
ノアと同じくらいの背丈。しかし、背筋はしゃんと伸び、体の線にはしなやかな芯が通っていた。ステッキなど、まるで飾りにすら見えるほどに。
(……“トクガワ”。日本人の名前……。まさか、この人も転生者――?)
ノアは思わず息を呑み、その佇まいを見つめた。
表情も、声も、驚くほどに柔らかい。まるで誰もが憧れる“理想のお爺ちゃん”――けれど、その奥にある何かが、ただ者ではないことを物語っていた。