資材とコンテナ
翌朝。クロがホテルを出てギルドに向かうと、昨日自分が開けた壁の穴――あの惨状――の修理作業が始まっていた。複数の作業員がてきぱきと動き回り、資材や工具が次々と運び込まれていく。その手際の良さに、しばらく見惚れてしまい――だが、聞こえてきた声に足を止める。
「この配線、大事なラインだったのに……壊しやがって」
「壁もですよ。資材が足りないってのに……」
クロの表情がわずかに陰る。言い返す気はなかった。確かに、自分の行動が原因なのだと痛感していた。無言のまま、テーブル席へと向かい、端末を起動する。今日も依頼一覧を確認するが、意識の隅には先ほどの言葉が残っていた。
――資材が足りない。
その一言が、脳裏で何度も反響する。なら、調達すればいい。――どこからか、力ずくでも。
「……私だけで判断するのは、ダメ。昨日でよくわかった」
小さく呟き、椅子を押して立ち上がる。その足で受付へ向かい、クロはカウンター奥にいるグレゴの姿を見つける。
「相談があります。……少し、お時間いただけますか?」
クロの申し出に、グレゴはしばらく無言で顔を上げたあと、じっと彼女を見つめた。
「……そうだよ、それが普通の考え方だ。ちゃんと誰かに訊く。それが当たり前」
「そうですか?」
「そうだとも。で、何の相談だ?」
「その……壁を修理してくれている方が、“資材が少ない”と話しているのを聞きました。もし、賞金首などから資材を回収した場合――どう扱えばいいでしょうか?」
グレゴはぴくりと眉を上げ、軽く鼻を鳴らす。
「それは……どこからか、奪ってくるってことか?」
「はい。賞金首の拠点から」
「なら、ギルドに報告しろ」
そう即答してから、グレゴは端末を操作しながら続ける。
「お前の機体は、確かシゲの貸ドックだったな? その近くに、ギルドが管理してる資材運搬用の倉庫がある。申告して、そこに収めろ」
「了解しました」
「……ただし」
グレゴがじろりと睨むように視線を向ける。
「お前、船は持ってないよな? どうやって運ぶつもりだ?」
「……抱えて、持って帰ろうかと」
「……お前さあ」
思わずグレゴは額を押さえ、深々とため息をついた。
「そんなもん、持って帰れるわけねぇだろ!」
グレゴが思わず声を荒げる。
「常識を考えろ! いや、もう……覚えろ!」
その言葉には、怒りと呆れ、そして諦めが見え隠れしていた。ため息まじりに端末を操作すると、カウンターのディスプレイに新たな画面が浮かび上がる。
「……買え」
そこに表示されていたのは、ハンターギルドのマークが入った推進機能付きの資材兼物資用コンテナ。用途別にいくつかのタイプが並んでいた。
「これを買って持っていけ。そこに詰めて、運べ」
「……容量が一番大きいやつ。黒と赤、二つください」
「勝手に選んだな。じゃあタッチして支払い済ませろ。受け取りは、さっき言ったギルド倉庫に自動で送る」
グレゴは深く息を吐きつつ、淡々と指示を出す。クロは画面に表示された内容を一切見ず、指示されたとおり支払いを完了させた。
その様子を見届けたあと、グレゴはぼそりと、重たい一言を落とした。
「……ちなみに、お前、金額、見てなかったな?」
「はい?」
クロが首をかしげると、グレゴは容赦なく数字を突きつける。
「二つで――100万C。昨日の儲けが、ほぼ吹き飛んだぞ」
「……なんで教えてくれなかったんですか?」
クロが少しだけ不満そうに眉をひそめると、グレゴは肩をすくめて返した。
「俺は言ったよな? 聞くのが普通だって。けど、お前は聞く前に選んだ。知らん」
グレゴはそう言い捨てて、目をそらす。クロは静かに、口を引き結んだ。
「……行って、稼いでこい。資材ってのはな、あればあるほど助かる。今は本気で足りてねぇ。だから――ありがたいんだよ」
「わかりました」
クロは深く一礼し、そのままギルドを後にする。その背を、グレゴは先ほどとは違う目で見送っていた。呆れや皮肉ではなく――静かな期待を含んだ視線だった。
「……資材は、マジで足りてない。あいつが運んでくるってんなら、悪い話じゃねぇが……うまく回ってくれりゃいいがな」
そう呟き、グレゴは別のカウンターに目をやる。そこでは数人のハンターたちが、今日も依頼を選ばず、ただ与太話に興じているだけだった。
(……こいつらが、もう少しまともに動いてくれりゃ、資材不足にもならねぇんだがな)
グレゴは肩をすくめ、ため息を一つ。そして何も言わず、机の端末を操作し、依頼データの整理と報告処理へと手を伸ばした。
ギルドを出てしばらく歩いたクロは、人気のない場所を選び、周囲を見回して監視の気配がないことを確認する。そして静かに、転移した。
その身がふっと空間に消えると、次の瞬間、漆黒の宇宙空間に姿を現す。続けて、自身の“本体”――バハムートを転移させ、ゆるやかに同化する。その直前、あらかじめ超小型ドローンを射出し、両角の内側にしっかりと固定しておいた。ドローンの状態確認を行い、記録が作動しているのを確かめる。
「……録画はできてるな。疑似コックピットも良好。よし、受け取りに向かおうか」
呟いた声は、広大な宇宙に溶けていく。
その後――資材運搬用のギルド倉庫に到着したバハムートは、その巨躯ゆえに、周囲の作業員を驚愕と恐怖に陥れることとなった。そしてコンテナの受け取りどころか、「そもそも倉庫に入れない」という前代未聞の事態となり、対応に追われること数時間。
その一件は“笑い話”としてギルド内に伝わり――当然ながら、グレゴの耳にも届いていた。