閑話 ノア・シンフォス 12 赤鬼の真実
誤字脱字の修正しました。
ご連絡ありがとうございました。
多くてすいません。
マリーが涙をぬぐいながら席に戻ると、ギールが間を取ってから次の紹介へと進む。
「次は、テリーとマリーの娘――マイ・マグナム。見ての通り、まだ10歳だけど、チームの主軸として立派に働いてくれてる」
そう言うと、マリーが娘の肩に手を添え、立ち上がって頭を下げた。
「娘のマイです。よろしくお願いします」
直後――
「だから、今の態度を赤鬼には言わないでね! お願いだから!」
マイの声が裏返り気味に飛び出した。
「えっ……」
ノアは一瞬、何が起きたのか分からず目を瞬かせる。
「ちょ、ちょっと待ってギールさん……」
困惑を隠せず、思わず頭を抱える。
(なにこれ……? なんでこんなに“シゲルさん”がこの一家から恐れられてるんですか……?)
笑顔どころではない。明らかに恐怖と混乱が同居したリアクションに、ノアの中で何かがおかしいという警鐘が鳴り響く。
だが、当のマイは逆に焦り始め、ノアに詰め寄るように前のめりになる。
「もしかして……わ、私、なんかしちゃいました!? ねえ、お願い! 赤鬼には言わないで! もう怒られるのやだし、怖いし、申し訳ないし……!」
声が震え始め、今にも泣きそうな顔になるマイ。その様子を見ながら、ノアの脳内では警報が鳴りっぱなしだった。
(……え、いや、ほんとに何があったんですかこの人たちと“シゲルさん”の間に……!?)
ツッコミも困惑も限界を迎えかけたその時、ギールが隣で苦笑しながら言葉を紡ぎ始めた。
「誤解しないでほしいんだけどね、シゲルさんが“怖がられてる”のは……まぁ、そうなんだけど」
ギールはちらりとマイたちを見渡す。全員が何も言えずうなだれていた。
「実際のところ、……というか、むしろみんな“お世話になりっぱなし”なんだよ」
「お世話……?」
ノアが反射的に聞き返すと、ギールは頷いた。
「たとえば、テリー。確かに何回も“戦って負けてる”けど、それだけじゃないんだ」
「は、はい……?」
「僕たちがハンターになったばかりの頃や、チームを組みはじめた時期――」
ギールは視線を上げ、皆を見渡すようにしてから、静かに言った。
「……シゲルさんに、本当にいろいろ助けてもらったんだよ。たとえば――戦艦のこと」
そこから先は、まるで講義のようだった。ギールは指を立てて、一つひとつ丁寧に言葉を並べていく。
「軍用じゃない戦艦って、実はすごく扱いが難しい。販売や譲渡には厳格な許可が必要だし、武装制限、航行権、資材の輸送ルート……どれも専門の知識がないとどうにもならない」
ノアは思わず頷いた。今まで聞いたことのない話ばかりだったが、ギールの説明は分かりやすかった。
「で――その全部を一手に引き受けてくれたのが、シゲルさんなんだよ」
「え……」
ノアは無意識に口を開いていた。“怖い人”という印象が少しだけ揺らぐ。
「しかもそれだけじゃない。設計も、だ」
ギールは淡々と続ける。
「軍用以外の戦艦は“ユニバーサル規格”っていう共通フレームに沿って作られてるんだ。あとは、各メーカーが出してるブロック単位のパーツを組み合わせて、自分好みに艤装していく」
「ブロック単位……レゴ、みたいな感じですか?」
「近いね。でも現実はもっと複雑だよ。一応は各メーカー同士で組み合わせられるようになってるけど、普通は同じメーカーで統一するのが一番楽なんだ。けど――」
ギールはそこで少し微笑んだ。
「シゲルさんは違った。テリーや俺たちに合わせて、いちばん性能が活きるようにパーツを選んで、必要なら図面まで引いてくれてさ。最適化された艦を、まるで“仕立て”みたいに仕上げてくれたんだ。後はそれを専門業者にお願いして組み立てたんだ」
「え……しかもそれって、設計料とか……」
「うん。破格だった。というか、正直、タダみたいなもんだった」
語られる内容が現実味を持つほど、ノアの中にあった“赤鬼”のイメージが崩れていく。
(いやいや……それ、むしろ“恩人”なんじゃ……)
その時だった。
隣のソファーで、テリーが悔しそうに顔をしかめた。
「そうなんだよ……!」
まるで魂の奥から絞り出すような声。
「あの鬼! めちゃくちゃ強ぇくせに、何度迷惑かけた俺にもこんなにしてくれてよ!」
その顔は、怒りとも感動ともつかない、ぐしゃぐしゃな表情だった。
「でな、最後に何て言ったと思う……?」
ノアが目を見張る中、テリーは拳を握り締めた。
「『これで稼いで、酒の一本でも奢ってくれりゃいい』だとよ! ……カッコ良過ぎんだろ、あの野郎!!」
思わずノアは、言葉を失っていた。 “赤鬼”という二つ名の下に隠されていた、人としての“懐の深さ”。――もはや、“恐れ”ではなく、“憧れ”に近かった。