表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
286/493

閑話 ノア・シンフォス 9 賑やかな嵐の中へ

 ギールは、攻撃の嵐を受けながらも入り口でじっと立ち尽くしていた。


「新人連れて来てるんだから、いつものノリやめてよ」


 そのひと言に、すかさず鋭い叫びが返った。


「うっせぇ! どこにいんだよ、いねぇじゃねぇか!」


 反射のように口を開いたマイに対し、ギールは真っ当な反論を放つ。


「いやいや、いきなり罵詈雑言を浴びせてくるようなとこ、普通は怖くて入れないでしょ」


 その言葉に、マイが一瞬むっと口を閉じたのを見逃さず、ギールはノアを手招きして中へと導く。


 足を踏み入れた先――部屋の中央には、コの字型の大型ソファー。そこに集まる五人の視線が、一斉にノアへと向けられた。


 その中でも、ひときわ目を引いたのはソファーの正面中央。座らず、低く腰を落とした“ヤンキー座り”でこちらを睨みつける少女――声の主、そして“マイ”の名を持つ者だ。


 その姿はまるで、縄張りに侵入してきた異物を警戒する獣のような目つきだった。


 乱雑に結ばれた金髪ツインテール。髪はややぼさつき、幼さの残る輪郭には不釣り合いなほど鋭い眼光。唇はつり上がり、今にも毒を吐き出しそうな気配を漂わせている。


 袖を無造作にちぎったような白いジャケットに、黒のタンクトップ。ハーフパンツのジーンズに無骨な編み上げブーツ――その姿はまさに“荒くれ者”。


(……絶対怒ってる……なんで怒ってるんだろう)


「何見てんだぁ! 誰だてめぇ!」


 間髪入れず、隣にいた大柄な男が声を重ねる。


「おう、誰だお前」


 そちらに視線を移したノアは、思わず小さく息を呑んだ。


 坊主頭に隆起した筋肉、まるで熊を模したかのような風貌の男。顔の作りも口元も、マイと酷似していた。


 黒いタンクトップに迷彩柄のパンツ、無骨な黒のブーツ――まるで漫画に出てくる“喧嘩上等”な兄貴分そのものだ。


 空気を変えたのは、柔らかな声だった。


「マイちゃん、あなた。お口が悪いわよ……で、だあれ?」


 その声の主は、いかにも“お母さん”といった雰囲気の女性。


 青のセーターに、黄色のロングスカート。上からエプロンまでつけている。その姿は、この騒がしい空間に明らかに異質だった。


 けれど、目元はマイとそっくりだった。丸みを帯びた目の形、睨みつけた時にやや釣り上がる表情。血のつながりを、ノアはそこに感じ取る。


(ああ……親子なんだ。口の悪さも、きっと遺伝だ)


 妙な納得と、少しだけ湧いた安心感に、ノアは思わず小さく頬を緩めた。


 ノアが自己紹介をしようと、そっと口を開きかけた、その瞬間だった。


 目の前の関西弁の女性が、まるでガトリング砲のように一方的にしゃべり倒してきた。


「なんやぼっちゃん、えらいやせてんなぁ~。飴ちゃん食べるか? いやそれより、ちゃんと食べとる? 食べなあかんで? おっきくなれへんし、元気にもならへんよぉ?」


 ノアは言葉を挟む間もなく、ただ呆然と相手の言葉を受け止め続ける。


「それとも、金ないん? 貸そか? 貸さへんけどなぁ~!」


(え、貸してくれないの!?)


「何や呆けて、どないしたん? あ、もしかして――うちに惚れたん?」


 ドンと胸を張ってきたその勢いに、ノアはわずかにのけぞる。


「アカンでぇ~。うちには恋人がおんねん。お金っていう最高の恋人がな~。どや? 羨ましいか? 羨ましいやろ!」


(ちょっと待って……話、全然ついていけない……)


「まいったな~、うち失恋させてもうたわ!」


 本人は満足げに笑っているが、ノアの方は完全に防御不能だった。


(な、何この人……会話、って……どこ行った? ……ギールさん、この人たち、本当に仲間なんですよね……?)


 目の前の女性は、黒髪の一部を紫に染め、まっすぐに伸ばしたストレートヘア。顔立ちはシャープなのに、肝心の目は糸のように細く、開いているのかどうかすら判然としない。


 そして何より――その格好。


 真正面から睨んでくる豹の顔が、Tシャツの胸元にドンと描かれている。地味に怖い。その上に羽織ったのは豹柄のジャケット。下はジーパンという出で立ち。


(大阪のおばちゃん……じゃないけど……いや、まさに、それだ)


 ノアが呆然としていると、隣からやわらかな声が飛んだ。


「ハン、ちょっとストップじゃよ」


 抑えるような、けれど決して責め立てる調子ではないその声に、豹柄の女性は「おっと」と言いたげに肩をすくめた。


「見てみい、固まっとる。……いつも言っとるじゃろ、喋り過ぎじゃて。少しは、おしとやかに生きなさい」


 そう穏やかにたしなめたのは、年配の男性だった。


 長い白髪を後ろで束ね、ゆったりした羽織に、年季の入ったステッキを片手にしている。表情も声も柔らかく、どこか“落ち着いたお爺ちゃん”の理想像そのものだった。


「すまんな、シゲ爺」


 ハンは素直に頭を下げる。先ほどのテンションが嘘のように、今はおとなしい。


「大丈夫じゃ。ほれ、気にするな。……で、お前さんが、ギールの言ってた“期待の新人”じゃな?」


 そう言って向けられた笑みには、年の分だけの深みと信頼がにじんでいた。


 ノアは、ようやく自分の脳が追いついた気がして、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ