表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
閑話 それぞれの目線
283/493

閑話 ノア・シンフォス 6 罪と再生の名を継ぐ者

(もしかして、あいつも……縛られていたんだろうか。神に)


 それは同情ではなかった。ただ、自分と同じ“業”を背負った者に対する、静かな共鳴だった。


「……まあ、確かにその通りだな。変態は置いておくとしても、賞金首だった機体をそのまま使うのは、いささか印象が悪い」


 グレゴが顎に手を当てながら、納得したように言葉を継ぐ。


「ついでに機体のIDも変えておいた方がいいだろう。履歴が残れば、今後の活動にも支障が出かねん」


 その提案を受け、クロはすっと背筋を伸ばし、真剣な面持ちで言い切った。


「その費用は、私が出します。今回の一件、私にも責任がありますから――お詫びとして、当然のことです」


 きっぱりとしたその一言に、ノアは慌てて身を乗り出す。


(そこまでは甘えられない!)


「いやいやいや、それはダメです! クロさんにそんな……自分で出しますっ!」


 言い切った直後、隣から冷静な声が飛ぶ。


「ノア。君、今手元に――500万、持ってるかい?」


 ギールの言葉に、ノアは凍りついた。


「……っ!」


 持ってない。


 活動を始めてからまだ日が浅く、報酬はあらかた――食べ歩きに消えていた。記憶が戻るかもしれないという微かな望みに縋って。だが、効果があったのは結局、最初のラーメンだけだった。


 集まる視線から目をそらし、ノアは悔しそうに答える。


「……持ってない、です……」


 その瞬間、まわりの視線がじんわりと生温かくなる。張り詰めていた空気が、不思議と緩んでいった。


(……やっぱり、言わなきゃよかった……)


 口にした瞬間にはもう遅い。胸の奥に、じわりと染みるような恥ずかしさが広がっていく。情けなさと、どうしようもない無力感が入り混じって、ノアは俯きかけた視線を上げられずにいた。


「じゃあ、ここは先輩に甘えてください」


 クロが軽く微笑みながらそう告げると、グレゴが苦笑を漏らし、肩をすくめる。


「……お前が“先輩”って事実が、一番恐ろしいな」


「私は逆に、お父さんやグレゴさんの“若さ”が恐ろしいんですが。……今、おいくつなんです?」


 ノアは一瞬、クロの質問の意図が読めなかった。どう考えても、見た目からすれば――若く見積もっても、三十代後半。


「71だ。別に、そこまで驚く年でもねぇだろ。今の世の中じゃ、七百歳や千歳なんて当たり前なんだからよ」


「えっ、そうなんですか?」


「初耳です……」


(いやいやいや、おかしいって! 71って……いや、逆にこの世界だからこそなのか。前の世界の常識はホントに当てはまらない)


「私のいた星では、長寿なんてエルフや魔族くらいでしたよ?」


「僕も、そんな話まったく聞いたことありません」


 クロとノアが顔を見合わせるように同時に答えると、グレゴは肩をがくりと落とし、大きなため息をついた。


「ったくよ……クロはともかく、ノア。お前は知っとけ。……てことはだ、お前、まさか“注射”打ってねぇんじゃねぇか?」


「……注射?」


 ノアが首をかしげる。


(注射って……なに? インフルエンザの予防接種的なやつかな?)


 そんなことを思っていると、グレゴとギールが視線を交わし、無言のまま頷き合った。


「これは、一度病院で検査してもらった方がいいかな」


「同感だ。……ま、今はそれは置いとこう」


(え、病院……行くの? いやだな~)


 気が重くなるノアをよそに、グレゴは話題を戻すようにクロへと向き直る。


「それより、機体の名前だ。お前、決めてあるのか?」


 だがクロは、静かに首を横に振った。そして――まっすぐ、ノアのほうを見つめる。


「私ではなく、ノアが決めるべきです」


 真剣な声音に、場の空気がふっと引き締まる。視線を正面から受けたノアは、息を詰めたまま次の言葉を待った。


「これは、あなた自身の“次の一歩”になりますから」


 クロの言葉が落ちた瞬間、室内の空気がふと静まり返った。まるで儀式の前触れのように、誰もが次の言葉を待っている――そんな空気だった。


 ノアは考える。


 自分がこれから進むために、新たに名を与える理由。その“意味”を。


 自分の名――ノア。


 旧世界では『ノアの方舟』に由来し、「神の救済」「希望」「再生」を象徴していた。バハムートという神に救われ、また歩き出すことを許されたこの身には、まさにふさわしい名だったのかもしれない。


 そして、機体に与えるべき名は――『シンフォス』。


 それは中二病っぽい響きかもしれない。でも、確かに意味はある。


 “シン”は、英語の“sin(罪)”。


 “フォス”は、ラテン語の“fossa(刻まれたもの)”。


 ウイング・セイバーとして犯してきた罪。それを胸に刻み、忘れずに生きるための名。


(ノアと……シンフォス。この二つが並ぶことで、きっとこう言える……)


(――罪の痕を胸に、再び歩み出す者。僕だけじゃない。あの機体もきっと、過去を抱えたまま、生まれ変わった仲間なんだ)


 だから――


「アルカノヴァ、でもいいですか?」


 控えめにそう提案すると、空気にわずかな緊張が生まれる。グレゴやギールが反応を止め、クロが目を細める。その中で、一番に声をあげたのはギールだった。


「……どんな意味だ?」


 純粋な好奇心に満ちた目でノアを見つめてくる。その瞳に押されるように、ノアは照れたように説明を口にした。


「えっと、アルカが“箱舟”って意味で、ノヴァは“新星”。……つまり、“新しい旅立ち”みたいな感じです」


 言いながら、ふっと目を伏せる。けれど、その想いだけは誤魔化せなかった。


(――そう。新しい旅立ち。僕の、そして……“あいつ”の)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ