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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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背負う艦と、帰還の支度

 ランドセルが静かに宇宙へと飛び出すと、後方からゆっくりと〈クーユータ〉が追従してくる。


 その異様な外観に、艦内の反応はまちまちだった。


「完全オーダーメイドって……あいつ、今度は何やってやがる……」


 ブリッジに座るシゲルが顔をしかめ、手を額に当てて呻くように漏らす。


「……なんか映画に出てくる棺桶みたい」


 アヤコがモニター越しに映る艦を見て、素直な感想を口にする。


「長方形すぎるよね。しかも凹凸もほとんどない……」


「うん、なんか……レンガっぽい」


 隣のソファーでは、ウェンとノアが並んで首をかしげながら、それぞれ微妙な例えを出し合っていた。


 しかし、そんな皆の声には応えず、クロは淡々と告げる。


「お父さん。あの戦艦の上部に移動してください」


 シゲルは怪訝な顔を向けつつも、指示通り操縦桿を握る。


「……従うけどよ。なんの意味があるんだ?」


「一緒に帰るからです」


「オートで横に並べば済む話じゃねぇのか?」


 ぼやきながらも、シゲルはクーユータの上部へとランドセルをゆっくり近づけていく。


 やがて両艦の距離が限界まで縮まり――まるで“背負う”ように、ランドセルがクーユータの背面に重なる。


 その瞬間、クロが通信を開いた。


「エルデ、ドッキングシステムを起動してください」


『了解っす!ドッキング開始っす!』


 勢いよく応じたエルデの声に、アヤコが呆れたようにぽつりと漏らす。


「……ドッキングって、まさか本気で……」


 だが、その言葉を遮るように、シゲルの驚きと困惑が混じった声がブリッジに響いた。


「おいクロ! 操縦系が全部効かねぇぞ!? それに知らねぇシステムが勝手に立ち上がってやがる! 一体何を仕込んだ!?」


「……見たほうが早いですよ」


 そう言い終えるや否や、クーユータ側から発せられたガイドレーザーが、ランドセルの四隅を精密に捉える。


 ランドセルはゆっくりと制御されながら降下し、クーユータの上部ドッキングスペースに正確に接合されていく。


 接続完了の瞬間、格納式の固定具が展開し、ランドセルをがっちりとロック。そのまま、船体ごと内部へと静かに沈み込み、タラップ部分までがぴたりと接続される。


 艦体の背部に設けられた六基のMQEスラスターが、ランドセル側のユニットと完全に同期。推進機構が統合され、操艦システム全体がひとつに再構築されていく。


 ――こうして、クーユータとランドセルは正式に“ひとつの艦”として稼働を開始した。


 ブリッジにいた面々は、あまりに静かで滑らかな接続に言葉を失い、しばし沈黙が流れる。


 その中で、朗らかに響いたのは――エルデの明るい声だった。


『できたっす! クレアの姉さん、ドッキング成功っす!』


『さすがですね。私の妹分のことはあります』


 クレアの言葉が頭上から届くと、エルデは嬉しそうに胸を張った。


 そのやり取りを遮るように、ふいに通信に割って入る声があった。


『クーユータを気に入ってくれたようで、何よりよ』


 画面に現れたのはオンリーだった。予期せぬ登場に、ブリッジ内に一瞬の静寂が走る。


「……お前、やってくれたな」


 シゲルが呆れたように、悪態をつく。


『あら、クロちゃんに対する報酬よ? それに……気に入ったのよ。シゲルちゃんのファミリーたちをね』


 そう言いながら、オンリーはモニター越しに視線を巡らせ、そこにいる全員を見渡す。


『今回のマーケットは成功だったわ。それもこれも、あなたたちのおかげ。オンリーワンの主として、心から感謝するわ。……ありがとう』


 丁寧に頭を下げるオンリー。その瞬間、オンリーワンの全体が静かに振動し始め、小惑星から巨大なスラスター群が展開されていく。


『次回の開催の折には、また招待するわ。これからも末永く、よろしくね』


「……オンリー、またな」


 シゲルがそう言って通信を切ると、視線の先――すでに小惑星オンリーワンは、静かに動き始めていた。


「見てろ。あれが、オンリーワンが誰にも見つからない理由だ」


 その言葉と同時に、星の彼方に向かってスラスターの光が収束する。


 次の瞬間、進行方向の空間が軋むようにして開き、そこに巨大すぎるゲートが現れる。


「……あの質量が、動く……」


 誰かの呟きが漏れる。すべての視線が、ただその門に吸い込まれていくオンリーワンを、息を呑んで見つめていた。


 やがて、巨大な小惑星は完全にゲートの向こうへと消え――そこに残されたのは、何もない空間だけ。


「……クソが。最後の最後で、クロに一発かましてやる予定が……クーユータのインパクトで薄れちまった……!」


 悔しげにシゲルがぼやくと、アヤコがあきれたように口を開く。


「いやいやいや、こっちの方が驚いてますよ。まさかゲートまで展開できるなんて、思ってなかったし……」


「うるせぇ! 俺のインパクトが薄れるのが嫌なんだよ!」


「……じいちゃん、大人げない」


 アヤコのため息混じりの一言に、ブリッジがふっと和んだ空気に包まれる。


 そんな中、再び通信が入る。


『クロの姉御、そっちに行ってもいいっすか?』


 エルデの声に、クロは静かに頷いたあと、隣のふたりへと声をかけた。


「よくできました。では、こちらに戻ってきてください」


『はいっす! クレアの姉さん、いくっす!』


『クロ様、今すぐ参ります』


 応答を終えたあと、クロは通信を閉じ、シゲルに向き直る。


「……帰りましょうか」


「待て。……その前に、このクーユータの構造を詳しく説明しろ!」


 強い口調で言うシゲルに、クロは肩をすくめて微笑む。


「帰りながら話しますよ」


 そう言って、クロはブリッジをあとにして、リビングへと歩を進める。


 その途中、端末が軽く震えた。オンリーからのメッセージが届く。


『クーユータに、オンリーワンの現在地が常時表示されるようにしてあるから。近くに来たら、また寄ってね。ありがとう、救世主さん』


 クロは小さく笑みを浮かべ、画面を閉じながらひとこと呟いた。


「……破壊神寄りなんですけどね」


 冗談めかしたその声は、リビングへと続く通路に、ひとつ静かに響いていった。


 家に帰る――その道すがら、何から話すべきかを、ゆっくりと思い巡らせながら。

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