小さな乗組員たちの始まり
言葉を区切ると、トバラは手元の端末を操作し、〈クーユータ〉の内部構造をホログラムで映し出す。
映像に映った艦内は、驚くほどシンプルだった。大部分は空洞で占められ、シールド機構とドッキング装置の近くに、ただ一室――ブリッジ兼生活区画が設けられているのみ。
「ご覧の通り、艦内はクロ様とクレア様の“ベッド”として設計されております。……当初は、そのサイズに合わせたマットレスを製作しようと試みたのですが、さすがに断念いたしました」
少しだけ申し訳なさそうに笑ったあと、トバラは説明を続ける。
「クロ様にはうつ伏せでも仰向けでも構いません。下部ハッチが開くと、自動的に本体を掴み、船内へと運ばれる仕組みです。クレア様も同様に、伏せる必要なく身体を固定したまま収容できます」
そこで、トバラの目が少しだけいたずらっぽく細められる。
「ただ――配置の都合上、クレア様の顔がクロ様の足元に位置してしまうことになりますが……」
「足は臭くないですよ」
クロがすかさずツッコミを入れると、クレアが真剣な顔でエルデの頭上から応じた。
「問題ありません、クロ様。多少匂っても耐えられます!」
「……うん。ありがとう、クレア」
クロは苦笑しつつも、どこか嬉しげな表情を浮かべた。
「ご安心ください。収容と同時にナノ粒子による全身清掃が行われますので、汚れや匂いの心配もございません」
トバラの涼しげな返答に、クロがジト目で睨むと、トバラはすっと身を引き、端末を操作して説明を再開する。
「内部には、食料・水の循環機構に加え、簡易医療ポッドも常備。ブリッジは完全に船内に収納されており、外部映像は全天球投影式で確認できます。操作は誰でも可能なコックピット式です」
「つまり、自分が乗ってた〈フォルツ〉みたいな感じで操縦できるってことっすか?」
エルデが嬉しそうに手を挙げて訊ねる。
トバラはにこやかに頷いた。
「はい。脳波感知によるコックピットシートと、フットペダルおよびグリップアームによる直感的操作が可能です。ただし――一応、正式な操縦免許の取得を推奨しております」
「わかったっすよ! 勉強するっす!」
勢いよく答えるエルデに、頭上のクレアが前足でぽんぽんと優しく頭を叩き、微笑む。
「がんばってくださいね」
「はいっす、クレアの姉さん!」
明るく手を挙げて応えるエルデに、頭の上からクレアが前足でぽふぽふと優しく触れる。そのやり取りを見届けたトバラが、目を細めて微笑んだ。
「いい関係が築けているようで、何よりですな」
「ええ。空回りしなければいいんですがね」
クロが苦笑交じりに返すと、トバラは軽く頷いてから端末を操作し、投影ホログラムに新たな艦内部の構造を映し出した。
「では最後に、艦内構成についてご案内いたします。ブリッジのすぐ後方が生活スペースとなっております。投影モニターに、調理用キッチンや寝具類を一体化した多機能モジュールを搭載。日常生活に必要なほとんどの機能は、この一室で完結いたします」
映像には、コンパクトながら整理された室内レイアウトが表示される。壁面の一部には折りたたみ式の収納ベッドや、簡易調理器具、脱着式の洗浄ユニットなどが備えられていた。
「また、シャワールームを兼ねた浴室と独立したトイレを備えております。生活空間とは別に、二名用の客室を二部屋ご用意しておりますので、来客時の滞在や仮眠にもご利用いただけます」
「……思ったよりもコンパクトですね」
クロが映像を見ながら、ふと漏らす。だが、すぐにトバラがその意図を汲み取ったように頷いた。
「ええ。今回の設計は“過不足なく”を第一にしております。クロ様、クレア様、そしてエルデ様――三名での運用を前提にしておりますので、このサイズで必要十分と判断いたしました」
トバラは一呼吸置いて、さらに続ける。
「それに……ランドセルを今後も併用されるとの前提がございますれば、生活スペースとしてはむしろランドセル側のほうが広く、快適かと存じます。輸送機能もランドセル側の空間を活用することで、クーユータ自体の拡張は最小限に抑えられます」
「確かに、ランドセルと合わせてひとつの“拠点”になるなら、過剰な内装はいらないですね」
クロが静かに頷くと、クレアも小さく耳を動かしながら肯いた。
「必要な分だけ。無駄なく、効率よく……ですね」
「その通りでございます、クレア様」
トバラの声は、穏やかさを湛えながらも、どこか誇らしげだった。
「以上が、今回ご用意させていただいたクーユータの全容でございます。今後、実運用の中で改良点などございましたら、オンリーワン内の専用施設にて随時アップデートを承ります。ただ、我々としては――万全を期したつもりでございます」
言葉を締めくくるトバラに、クロは深く一礼する。
「ありがとうございます。……大切に、運用させていただきます」
その慎ましくも真摯な言葉に、エルデも感極まったように、
「ありがとうございますっす!」
と元気よく叫びながら、思いきり頭を下げた。
――その瞬間、エルデの頭の上に乗っていたクレアがバランスを崩し、ぽすん、と床に落ちてしまう。
「いたた……! エルデ、せめて“予告”してから頭を下げてくださいっ!」
そう言いながらクレアはしっぽをぷるぷると震わせていた。
「あっ、ご、ごめんなさいっす! クレアの姉さん!」
体を床に打ち付け睨むように目を鋭くし吠えるクレアに、エルデが慌てて頭を下げ直す。が、今度は慎重すぎるほどゆっくりとお辞儀をしていた。
そのやり取りを、クロとトバラは並んで眺めていた。
「……なかなか、良いコンビになりそうですね」
トバラが肩を揺らして微笑むと、クロもわずかに息を吐きながら頷いた。
「ええ。……いい方向に転がれば、ですが」
苦笑まじりのその一言に、ふたりの間に、静かな笑いが流れた。