表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
274/470

〈クーユータ〉と、ひとつの確信

 その目元には変わらぬ笑みを浮かべながらも、トバラの瞳は明らかに過去ではなく、“その先”を捉えていた。それは、どんな獲物であろうとも決して諦めぬ者の眼――静かに、だが確かに、情熱の火が灯っていた。


「おっと、私としたことが……少々、喋り過ぎましたな。申し訳ございません」


 そう頭を下げるトバラに、クロはさらりと返す。


「いえ、構いません。……いずれ、塵に変えますので。その時は正式に依頼をください。無料で請け負いますし、賞金が出るなら山分けで」


 クロの軽やかな言葉に、トバラはほおほおほ、と上品に笑いながら頷く。


「それは心強い。では、その時はよろしくお願いいたします」


 そう言ってトバラは身を翻し、目の前の巨大な艦へと視線を向けた。


「――お待たせいたしました。こちらがクロ様……いえ、バハムート様専用の“ベッド艦”とでも申しましょうか。その名も〈クーユータ〉でございます」


 その響きに、クロの眉がわずかに上がる。そして、じっとトバラを見てから一言。


「……FFって知ってます?」


「ええ、DQも存じておりますよ」


 意味ありげなやり取りに、それ以上深く追及することなく、クロはクーユータに視線を戻す。


 エルデの頭上にちょこんと乗るクレアが下を見て、エルデが上を見返す。互いの顔には「何の話っすか?」という文字が書いてあるようだった。


「クロ様、“FF”や“DQ”とは?」


 首をかしげるクレアに、クロは小さく微笑む。


「なに、昔の物語の名前です。……クリスタルとか、天空とか、そういう」


「いやぁ、お懐かしい。まさかクロ様のお口から出るとは。長年生きておりますが、初めてのことですな……」


 トバラが感慨深げに目を細め、それ以上は多くを語らず、艦を指し示す。


「この〈クーユータ〉は、頂いたサイズ情報をもとに設計しております。クロ様とクレア様の本体が並んで収まる構造となっており、なおかつ――シゲル様のドックにギリギリ収まる寸法で調整いたしました。……この点につきましては、お詫び申し上げます」


 そう言って、トバラは手元の端末を操作し、艦全体の構造を映像投影する。


 ホログラフィックに浮かび上がった〈クーユータ〉は、上面がフラットな平面構造となっており、一部にはドッキング用のアタッチメント、その前方に上部搬入口とミサイル発射口が整然と配置されていた。


「当初、クロ様からの案では武装類は不要とのことでしたが……やはり状況次第では、備えが必要になる場面もあるかと存じます。そこで、両舷にミサイル発射管をそれぞれ六基ずつ――合計十二基、標準装備させていただきました」


 声色をやや低め、トバラは慎重に言葉を重ねる。


「もっとも、戦艦級の大型兵装ではなく、主に機動兵器や戦闘機向けの“マイクロクラスターMQミサイル”のみの仕様となっております。……たいへん申し訳ございませんが、少々高価な装備となっております」


 さらに続けて、ホログラム上の艦後方部――平面構造の中央にあるアタッチメントを拡大表示した。


「こちらがドッキングアタッチメントです。クロ様の〈ランドセル〉をそのまま甲板へ乗せていただければ、自動的に固定具が展開し、下部タラップ部まで埋まり接続されます。その際、搭載機構と操作系も同調するよう設計しております」


「つまり――」


 クロがホログラムに視線を向けたまま、低く呟く。


「ランドセル側からでも、クーユータ側からでもドッキングすれば……ひとつの艦として完全運用ができる。……なるほど、まさに“ランドセル”ですね」


 その言葉に、トバラが声を抑えるようにして笑い声を漏らす。


「まさに、ですな。クーユータが、ランドセルを“背負う”形になるわけです」


 そう返すと同時に、ホログラム映像が変化し、艦後部のスラスター部が強調されて表示された。


「ご覧の通り、メインスラスターには、ランドセルと同型の最新式MQEを四基搭載しております。ドッキング時には、ランドセル側の二基と合わせて計六基のMQEスラスターが連動し、従来の戦艦よりも高速な航行が可能となっております」


 映像では、六つのスラスターが青白い光を放ちながら、滑らかに回転し軌道制御を再現している。


「さらに補助スラスターも各所に配置しており、旋回性能や姿勢制御、緊急回避時の反応速度も大幅に向上しています」


 トバラが誇らしげに説明するその横で、クレアとエルデはホログラムの映像に目を丸くしていた。


「す、すごいっすね……」


「……速いってこと、ですよね?」


 エルデが小声で尋ねると、クレアもこくりと頷く。


 彼女たちには詳細な性能までは理解できない。けれど、そのスラスターがどれほど精密で、どれほど高価な技術か――その“空気”だけは、はっきりと伝わっていた。


 だが、クロだけは違っていた。


 説明の中にさらりと紛れた“ある言葉”に、鋭く反応する。


「……待ってください。それ……オンリーワンに“クォンタム社の最新型MQE”があるって、おかしくないですか?」


 淡々とした声の奥に、明らかな警戒がにじんでいた。


 その問いに対し、トバラはまるで天気の話でもするかのように、さらりと告げる。


「あるわけではありませんな。――一から製作いたしました」


「……作った?」


「ええ。製作所をフル稼働させましてな。どうにかマーケット終了に間に合わせることができました」


 何気なく語られたその一言に、クロの目が鋭く細められる。


「……そうじゃない。“どうやって作れたか”が問題なんです。……というか、もしかして――」


 そこまで口にしたとき、クロの表情がわずかに引き締まる。ある“確信”が脳裏に浮かび上がりかけていた。


 だが、その続きを言わせまいとするかのように、トバラが人差し指を口元へと添える。


「クロ様。その認識――正しいと思いますよ。ですが、それは……心の中にとどめておいていただければ幸いですな」


 片目をつぶって、いたずらめいた笑みを浮かべてみせる。


 言葉と仕草のギャップに、クロは思わず言葉を失い――隣のクレアとエルデは、まったくついていけないといった面持ちで顔を見合わせた。


 やがて、クロは小さく息を吐き、ぽつりと漏らす。


「……恐ろしいですね。オンリーワンは」


 その一言に、トバラは愉快そうに頷いた。


「そのためのマーケット。そのための、オンリーワンでございます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ