〈クーユータ〉と、ひとつの確信
その目元には変わらぬ笑みを浮かべながらも、トバラの瞳は明らかに過去ではなく、“その先”を捉えていた。それは、どんな獲物であろうとも決して諦めぬ者の眼――静かに、だが確かに、情熱の火が灯っていた。
「おっと、私としたことが……少々、喋り過ぎましたな。申し訳ございません」
そう頭を下げるトバラに、クロはさらりと返す。
「いえ、構いません。……いずれ、塵に変えますので。その時は正式に依頼をください。無料で請け負いますし、賞金が出るなら山分けで」
クロの軽やかな言葉に、トバラはほおほおほ、と上品に笑いながら頷く。
「それは心強い。では、その時はよろしくお願いいたします」
そう言ってトバラは身を翻し、目の前の巨大な艦へと視線を向けた。
「――お待たせいたしました。こちらがクロ様……いえ、バハムート様専用の“ベッド艦”とでも申しましょうか。その名も〈クーユータ〉でございます」
その響きに、クロの眉がわずかに上がる。そして、じっとトバラを見てから一言。
「……FFって知ってます?」
「ええ、DQも存じておりますよ」
意味ありげなやり取りに、それ以上深く追及することなく、クロはクーユータに視線を戻す。
エルデの頭上にちょこんと乗るクレアが下を見て、エルデが上を見返す。互いの顔には「何の話っすか?」という文字が書いてあるようだった。
「クロ様、“FF”や“DQ”とは?」
首をかしげるクレアに、クロは小さく微笑む。
「なに、昔の物語の名前です。……クリスタルとか、天空とか、そういう」
「いやぁ、お懐かしい。まさかクロ様のお口から出るとは。長年生きておりますが、初めてのことですな……」
トバラが感慨深げに目を細め、それ以上は多くを語らず、艦を指し示す。
「この〈クーユータ〉は、頂いたサイズ情報をもとに設計しております。クロ様とクレア様の本体が並んで収まる構造となっており、なおかつ――シゲル様のドックにギリギリ収まる寸法で調整いたしました。……この点につきましては、お詫び申し上げます」
そう言って、トバラは手元の端末を操作し、艦全体の構造を映像投影する。
ホログラフィックに浮かび上がった〈クーユータ〉は、上面がフラットな平面構造となっており、一部にはドッキング用のアタッチメント、その前方に上部搬入口とミサイル発射口が整然と配置されていた。
「当初、クロ様からの案では武装類は不要とのことでしたが……やはり状況次第では、備えが必要になる場面もあるかと存じます。そこで、両舷にミサイル発射管をそれぞれ六基ずつ――合計十二基、標準装備させていただきました」
声色をやや低め、トバラは慎重に言葉を重ねる。
「もっとも、戦艦級の大型兵装ではなく、主に機動兵器や戦闘機向けの“マイクロクラスターMQミサイル”のみの仕様となっております。……たいへん申し訳ございませんが、少々高価な装備となっております」
さらに続けて、ホログラム上の艦後方部――平面構造の中央にあるアタッチメントを拡大表示した。
「こちらがドッキングアタッチメントです。クロ様の〈ランドセル〉をそのまま甲板へ乗せていただければ、自動的に固定具が展開し、下部タラップ部まで埋まり接続されます。その際、搭載機構と操作系も同調するよう設計しております」
「つまり――」
クロがホログラムに視線を向けたまま、低く呟く。
「ランドセル側からでも、クーユータ側からでもドッキングすれば……ひとつの艦として完全運用ができる。……なるほど、まさに“ランドセル”ですね」
その言葉に、トバラが声を抑えるようにして笑い声を漏らす。
「まさに、ですな。クーユータが、ランドセルを“背負う”形になるわけです」
そう返すと同時に、ホログラム映像が変化し、艦後部のスラスター部が強調されて表示された。
「ご覧の通り、メインスラスターには、ランドセルと同型の最新式MQEを四基搭載しております。ドッキング時には、ランドセル側の二基と合わせて計六基のMQEスラスターが連動し、従来の戦艦よりも高速な航行が可能となっております」
映像では、六つのスラスターが青白い光を放ちながら、滑らかに回転し軌道制御を再現している。
「さらに補助スラスターも各所に配置しており、旋回性能や姿勢制御、緊急回避時の反応速度も大幅に向上しています」
トバラが誇らしげに説明するその横で、クレアとエルデはホログラムの映像に目を丸くしていた。
「す、すごいっすね……」
「……速いってこと、ですよね?」
エルデが小声で尋ねると、クレアもこくりと頷く。
彼女たちには詳細な性能までは理解できない。けれど、そのスラスターがどれほど精密で、どれほど高価な技術か――その“空気”だけは、はっきりと伝わっていた。
だが、クロだけは違っていた。
説明の中にさらりと紛れた“ある言葉”に、鋭く反応する。
「……待ってください。それ……オンリーワンに“クォンタム社の最新型MQE”があるって、おかしくないですか?」
淡々とした声の奥に、明らかな警戒がにじんでいた。
その問いに対し、トバラはまるで天気の話でもするかのように、さらりと告げる。
「あるわけではありませんな。――一から製作いたしました」
「……作った?」
「ええ。製作所をフル稼働させましてな。どうにかマーケット終了に間に合わせることができました」
何気なく語られたその一言に、クロの目が鋭く細められる。
「……そうじゃない。“どうやって作れたか”が問題なんです。……というか、もしかして――」
そこまで口にしたとき、クロの表情がわずかに引き締まる。ある“確信”が脳裏に浮かび上がりかけていた。
だが、その続きを言わせまいとするかのように、トバラが人差し指を口元へと添える。
「クロ様。その認識――正しいと思いますよ。ですが、それは……心の中にとどめておいていただければ幸いですな」
片目をつぶって、いたずらめいた笑みを浮かべてみせる。
言葉と仕草のギャップに、クロは思わず言葉を失い――隣のクレアとエルデは、まったくついていけないといった面持ちで顔を見合わせた。
やがて、クロは小さく息を吐き、ぽつりと漏らす。
「……恐ろしいですね。オンリーワンは」
その一言に、トバラは愉快そうに頷いた。
「そのためのマーケット。そのための、オンリーワンでございます」