残された火種、託された艦
こうして、マーケットは続いていく。新たな家族を迎え入れたこの日々は、最終日までにぎやかに催された。人々の笑顔と熱気が街全体を包み込み、どこか名残惜しささえ漂っていた。
シゲルは終始店頭に立ち、クレアとレッド君と共に販売や買取の対応に追われ、店から離れることなく懸命に働き続けた。一方、アヤコとクロ、そして新たな家族となったエルデは、シゲルの代わりに仕入れやあいさつ回りを担い、各店舗と情報を交わしながらマーケットを巡った。ウェンとノアはスミスからの仕入れを終えると、クロの装備品に必要なパーツ集めと交渉に奔走し、ふたりで各所を回りながら、それぞれの役割を終えていく。
やがてマーケットは終幕を迎え、その翌日には盛大な祝祭が催された。会場となった広場では、マーケット全体が“感謝と共に解放”され、招待された者たちには、無料で酒や料理が惜しみなく振る舞われていた。
だが、そこにクロとクレア、そしてエルデの姿はなかった。
「じいちゃん、クロは?」
皿の上にケーキやゼリーを山ほど盛りつけて席に着いたアヤコが、口をもぐもぐさせながら尋ねる。シゲルは他の商人たちとグラスを傾けつつ、片手間に答えた。
「……あいつは別件だ。ほっとけ。それより太るぞ」
その言葉に、商人たちは爆笑し、乾杯の声を重ねながらまた一口ずつ酒をあおる。
「じいちゃんたちに言われたくないよっ!」
怒りながらも、アヤコの手はしっかりとケーキへと伸びていた。天井には夜景と花火が映し出され、幻想的な光が空間を彩っている。
「ウェンとノアもいなくなるし、クロたちもいない……いるのは酒飲みばっかり……」
そうぼやきながらも、スプーンを持つ手は止まらない。気がつけば、皿の上からはすべてのデザートが跡形もなく消えていた。
その頃――クロたちは、巨大な造船ドックへと招かれていた。
目前に佇むのは、一隻の戦艦。クロの希望により、内部はほとんど“空”に近い状態で構造だけが完成している。
「申し訳ございません。本日はオンリー様がマーケットの挨拶に出向いておりまして、こちらにはお越しになれません」
そう告げたトバラが、深々と頭を下げる。クロも同じように頭を下げ、隣にいたクレアとエルデもそれにならった。
「いえ、お忙しいところご案内ありがとうございます。……それに、こんな無茶な妄想に現実を寄せていただいて、こちらこそすみません」
「お互い様です」
トバラは笑みをたたえながらも、どこか照れたように肩をすくめた。
「二度も命を救っていただいた恩がございます。……それと、改めて確認いたしますが――本当に、あの戦艦や機体類を、すべて譲り受けてしまっても?」
その言葉に、エルデが小さく首をかしげた。まだ話の全容は理解しきれていないが、何か大切なことが交わされている――そんな雰囲気を感じ取っているようだった。クロは、ミミック海賊団たちから奪ってきた戦艦や機体を、すべて“オンリーワン”に寄付する手筈を整えていた。
当然、シゲルからは「もったいないにも程がある!」と不満をぶつけられたが、クロの答えは変わらなかった。
「大丈夫です。代わりに、〈ゴング〉の設計情報と、それに関わる技術をいただいてますから。それに……あれ、見た目だけじゃなく、本当に“戦える”ものとして完成させるつもりですよね?」
クロはわずかに目を細め、念を押すように問いかけた。
「完成した暁には、こちらが譲り受ける契約ですし。……楽しみにしてるんです」
その声には期待と、同時に“責任を引き受ける覚悟”が滲んでいた。
だが――
クロの表情に、ひとつだけ陰が落ちる。
「……ただ、ひとつだけ心残りがあります。ミミック海賊団の船長……結局、正体は掴めなかった」
「ええ」
トバラがゆっくりと首を振る。その顔には、かすかな悔しさの色があった。
「姿を変え、声を偽り、常に誰か“別の存在”として現れる。部下ですら素顔を知らない徹底ぶり――まさに“名は体を表す”というやつですな」
言葉に静かな熱が混じる。
「ある時は女社長、またある時は巨躯の男、あるいは高官のような身なりで……いったい、いくつ“尾”を持っているのか。我々もあれほど見事に本拠地の所在まで断たれるとは、想像していませんでした」
トバラは目を伏せ、ひとつ息を吐く。だがすぐに顔を上げ、にこりと笑った。
「……我々なりに、心を込めて“もてなし”は尽くしたつもりなのですがね。残念です」
その笑顔の奥に、確かに滲むものがあった。――それは、敗北を自覚する者がなおも矜持を崩さぬ者の表情だった。
そして、その笑みを保ったまま、さらりと続ける。
「ですが……次の“おもてなし”の際には、もう少し心を開いていただけるよう、さらに丁寧な設えを考えております。今から楽しみですな」
言葉の端にわずかに熱をにじませながら、口調だけは終始穏やかだった。
「ええ……今から、楽しみにしておりますよ」
その目元には変わらぬ笑みを浮かべながらも、トバラの瞳は明らかに過去ではなく、“その先”を捉えていた。
それは、どんな獲物であろうとも決して諦めぬ者の眼――
静かに、だが確かに、情熱の火が灯っていた。