表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
272/472

変化の未来と、笑顔の誓い

 そんな余韻を振り払うように、クロが〈第一診察室〉のドアへ歩み出る。


「クロ。ちゃんと説明してから動いてよねっ!」


 アヤコに怒られながらも、クロはしれっと指を伸ばし、ドアをノックする。コン、と音が響いた瞬間、スライドドアが静かに開き――


「どうぞ」


 落ち着いた女性の声が、室内から聞こえた。その後は、まるで時間が巻き戻されたかのように、同じやり取りが繰り返される。


 エルデはポットへと入り、横たわり、光に包まれながらスキャンを受ける。そして――すべてが終わったあと、医療端末に連動した壁面モニターに、彼女の全身データが映し出された。


 骨格、臓器、神経網、筋肉密度。すべてが繊細なホログラムとなって、淡く立体的に空中へ浮かび上がる。


「すごいっすけど……恥ずかしいっすね」


 エルデは、黒く染まった一部の髪を無意識にかきながら、じっと自分の映像を見つめていた。


 コートは、手元の端末を静かに操作していたが、やがて顔を上げる。その表情には、心からの安堵の色があった。


「……問題はなさそうね。深刻な異常は見当たらないわ」


 少し肩を落とすように息を吐き、それから続ける。


「ただ、軽い栄養失調の兆候が出てる。それと――接種義務のナノワクチンが打たれていないみたいね」


 その口調は柔らかく、どこか優しげだった。


「とはいえ、身体は全体的に安定しているわ。ただ……成長速度が、平均を明らかに上回ってる。これについては、精密検査をすればもう少しはっきりすると思うけど――今のところ“異常”と断言するものじゃないわ」


 コートはそう言って、モニターに視線を戻すと、再び優しく微笑んだ。


「良かったわね。大きな問題はなさそうよ」


 そして、ひとつ確認するように問う。


「もし気になるようなら、精密検査をしてもいいけど……どうする?」


 コートの問いかけに、エルデは小さく首を横に振った。


「いや、大丈夫っす。この体で、姉御たちと一緒にいられるなら、それでいいっす。……でなきゃ、自分、きっと会えなかったっすから」


 迷いのない笑顔だった。その言葉に、コートもふっと微笑み、手元の端末を操作して――ひときわ目立つ注射器を取り出した。


「じゃあ、次はナノワクチンを打ちましょうか」


 その瞬間、エルデの表情がぴしりと固まった。


「……え、それっすか? めっちゃぶっとくないっすか、それ!?」


「大丈夫よ。痛くないわ」


「いやいやいやいや! あんなぶっとい注射が痛くないわけないっすって!」


 腰を引き、じりじりと距離を取ろうとするエルデの肩を、アヤコがあきれたように押しとどめる。


「ほら……なんか、“最後まで笑っていたい”って……さっき言ってなかった?」


「うぐぅ……っ、いや、それ! そんな別れのセリフみたいに言ってないっすよ!? やめてほしいっす、姉さん!」


 アヤコはぽかんと目を丸くして、それから曖昧に首をかしげる。


「……あれ? 口に出してたわけじゃないのかな。変だな、なんか……ふっと浮かんできただけど」


 そんなやり取りを、クロは椅子に座ったまま何ごともなかったかのように眺めていた。ふ、と口元がほころぶ。


「クロの姉御! 笑ってないで助けてほしいっす! ねぇ、助けてぇぇ!」


 悲鳴じみた声で懇願するエルデを、アヤコが苦笑しながらしっかりと押さえ込む。その前では、にじり寄るコートが、わざとらしく“ぶっとい注射器”を手に不敵な笑みを浮かべていた。


「さあ、覚悟はできてるかしら?」


「ひいぃぃぃっ!!」


 怯えるエルデの背後――そこには、実際に使用される本物の注射器を構えた看護師が控えていた。小型でハンコのような形状をした、痛みのほとんどない最新型。だが、エルデだけがまだそれに気づいていない。


 クロは一連の光景を眺めながら、口元に人差し指を添え、静かに微笑む。


「病院ではお静かに。ですよ、エルデ」


 その声はいつも通り落ち着いていて、けれど、どこか嬉しそうだった。


 やがて――


 笑いと小さな悲鳴の入り混じる診察室に、やわらかな空気が広がっていく。


 確かに、ここには“前とは少しだけ違う未来”があった。


 それは、クロ以外は誰もが気づかぬまま――けれどたしかに、優しく、穏やかに受け入れはじめていた証だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ