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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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時を巻き戻す誓い

「そっすか。なら仕方ないっすね。後、どのくらい生きられるんっすか?」


 まるで何ごともなかったように、エルデは明るい声で問いかけた。その言葉に、アヤコが信じられないという表情で振り返る。


「エルデ! なんでそんなに平然として言えるの!?」


 声を荒らげるアヤコに対して、エルデはいつもの調子で笑顔を向けた。


「だって、この薬がなかったら、自分、もうとっくに死んでたっす。生きてこれて、クロの姉御やアヤコの姉さんに会えたっす。それって、すごく幸せなことっす」


 迷いなく、まっすぐに目を細めて言葉を重ねる。


「だったら、残りの時間も、全部使って精一杯生きるっす。最後まで、笑っていたいっす」


 その一言に、アヤコは何も返せなかった。込み上げるものに耐え切れず、涙をこぼしながらエルデに顔をうずめる。


「姉さん、大丈夫っすよ」


「……っ……バカ……ほんと、バカ……」


 堪えきれず泣きながらしがみつくアヤコの背を、エルデはやさしく撫でた。その笑顔は崩れず、まるで太陽のように、あたたかく。


「アヤコの姉さん、ありがとうっす。ほんと、自分、今がいちばん幸せっすよ」


 コートが何かを言いかけたが、声にならなかった。


 そして――


(太陽でしたか……)


 クロの脳裏に、オンリーの言葉がよみがえる。


(まったく……つくづく俺は、いいのを拾ってくる)


 心の奥から、不意に熱いものが込み上げてくる。けれど、それを飲み込んだクロは、静かに目を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げる。


(こんな未来は、認めない)


 もし、寿命を削る薬に晒されたのがアヤコだったら。もし、自分の手が届かず、ただ見送るしかなかったとしたら。


(……そのとき、俺は何をする? 何を“選ぶ”?)


 目の前の少女の笑顔は、確かに強い。けれど、あまりに痛々しい。そんな未来が許されてよいはずがない。


 クロは深く息を吸い込んだ。


 今しかない。


「そこまでだ」


 クロの低い声が、空気の温度を変える。その瞬間、空間が凍りついた。風が止み、光の粒が静止し、波形モニターも瞬きも、世界そのものが“静寂”へと沈む。


「……やはり、常人の体には負荷が強すぎるな。だが――」


 クロの右手に、別空間から取り出された呪具が現れる。時間を支配する呪物、“時の時計”。


「時を止める代償は俺の寿命で支払うなら、それでいい」


 淡々と、そして静かに言い放つと、自らの指先に刃を走らせる。赤い血が一筋、時間の止まった空間に滲み出した。


「エルデ。お前は……誰にも渡さない」


 血のにじむ人差し指を、エルデの唇へとそっと押し当てる。


「俺の血で、お前の時を繋ぐ。不老の存在へと変える――」


 その瞬間、指は消えるように失われた。だが次の刹那、まるで記憶が形をなぞるかのように、指は再び再生された。


「……ふん。俺は不老だ。代償など、意味はない。――時は戻っても、今まで起きた“結果”は変わらない」


 そう呟いたクロは、手にした“時の時計”の針をゆっくりと巻き戻す。


 すると――


 すべての出来事が、静かに逆再生を始めた。涙も、声も、問いかけも、沈黙すらも――時間の川を逆らうように、一つ前の瞬間へと巻き戻っていく。そして、“時の時計”は静かにひび割れ、音もなく崩れ去り、塵となって空間に溶けていった。


 白く滑らかな廊下に、再び三人の姿があらわれる。矢印は、第一診察室の前でぴたりと止まり、アイコンがノックのマークへと変わっていた。


 だが――


「うっ……!」


 その瞬間、エルデが急に口元を押さえ、おえっと喉の奥を詰まらせるような仕草を見せた。隣にいたアヤコがすぐさま駆け寄る。


「ちょ、エルデ!? どうしたの、急に!」


「いや……なんか、口の中に鉄っぽい味が……血の味がしたっす。それと……頭が、なんか、熱くて痒いっす……中からむずむずする感じで……っ」


 そう言いながら、エルデは頭をかきむしるように手を伸ばす。そのとき――


「……あれ? エルデ、髪……色、変わってない?」


 アヤコの声が不安げに揺れた。見ると、エルデの金髪の一部が、まるで墨を垂らしたように、一本、また一本と黒が浸食するように広がっていく。それはクロの髪色と酷似しており――ただの体調の変化では、到底説明できない変質だった。


「えっ……うそ……クロ、これって――まさか、なにかした?」


 アヤコが鋭くクロを睨む。問い詰めるように。クロは何でもない顔で、自分の首元を指差した。


「エルデのここ――首のあたりに、“呪いの印”がありますよね? それが少し馴染んで少し活性化していたんです。そろそろ影響が出てもおかしくないと思ってました」


 まるで当然のように、さらりと嘘をつく。


「そ、そうなんっすか……それなら、言ってほしかったっす。急に、ちょっとびっくりしたっすよ……」


 エルデは照れ笑いを浮かべながら頭をかく。


「まったく、クロは説明不足すぎるよ!」


 アヤコはため息をつきながらも、少しだけ笑みを浮かべた。


 何かが変わった。確かに何かが。けれど、それを知るのは――この少し先の未来でいい。

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