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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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告げられた“代償”

 促されるまま、エルデはそっとベッドの上に横になる。するとベッドはゆっくりとポット内部へと戻り、そのまま天蓋が閉じていった。


「閉じたっす!」


 反射的に声を上げるエルデに、すかさずクロが低く言う。


「静かに」


「あ……はいっす……」


 急に声を小さくしてしゅんとするエルデに、コートは口元を手で覆って微笑んだ。ポットの側面パネルを操作すると、内部のベッドがわずかに沈み込み、エルデの身体がソフトに固定される。


「そのままでいてくださいね」


 そう言って、端末を再び操作すると、ポットの内壁に光が集まり、やがて薄く淡い光の幕がベッドの上に展開された。


「これから光が体を通過します。目を閉じてもらってかまいませんが、動かないようにしてください」


「はいっす……!」


 言われるがまま、エルデはぎゅっと目を閉じる。全身を少しだけ強張らせながらも、きちんと従っている様子に、コートはふっと小さく息をもらす。


「……素直ですね」


 そう呟いた直後、ピッ、ピウッという細かく制御された音とともに、光がポット内で走り出した。波紋のように柔らかな振動をともなった光が、エルデの身体の表面、そして内側を静かに通っていく。


「ん……なんか、くすぐったいっす……」


 ベッドの中から少しだけ揺れるような声が漏れる。


「この光は、ナノ量子と呼ばれる微小粒子で構成されています。実際に体の中を通りながら、内臓や神経、骨や血流の状態を干渉検査しています」


 コートは淡々と説明する。その声は柔らかいが、確かな専門性が滲んでいた。


「……目には見えませんが、体の中を通って“あなたの音”を聴いていると思ってください。くすぐったく感じるのは正常な反応です」


「音……すか?」


「ええ。身体の内側の“調子”は、細胞の振動や電位でわかるんです。それを読み取って数値に変換しています」


 数十秒後、光がふっと収まり、ポット内が静けさを取り戻す。コートが端末に再び指を滑らせると、上部がスライドして開き、ベッドが外にせり出す。横になっていたエルデが、ゆっくりと上体を起こした。


「なんか、体の中をこちょこちょされてたみたいで、むず痒いっす……」


 笑いながらそう言うエルデの表情には、診断への緊張がほどけた安心と、ほんの少しの誇らしさが滲んでいた。


 その直後、医療端末に連動していた壁面モニターに、エルデの全身データが映し出される。骨格、臓器、神経網、筋肉密度――まるでホログラムのように、体の構造が立体的に展開されていく。


「すごいっすけど……恥ずかしいっすね」


 頭をかきながらも、エルデはじっと映像を見つめていた。


 コートは無言でデータを確認していたが、その表情に微かな違和感が生まれる。眉が寄り、視線が何度も端末とホログラムを行き来しはじめた。やがて、その顔は明らかに険しくなり、沈黙の中でひとつ息を吐く。


 操作パネルを操作し、新たなウィンドウに一つのカプセル状の物体を表示させる。


「……これに、見覚えはありませんか?」


 モニターに映し出されたのは、透明な容器に包まれた深緑色のカプセル。どこか不気味な光沢を持つそれを指差し、コートは真剣な声でエルデに問いかける。


 エルデは天井を見上げ、しばらく思いを巡らせ――やがて、ぽんと手を叩いた。


「思い出したっす! 父ちゃんが、飯が食えないときにくれたやつっす。これを飲めば、二、三日はお腹が空かなかったっすよ」


 にこにこと笑いながら語るエルデ。しかしその無垢な言葉とは裏腹に、コートの顔はみるみる沈痛なものへと変わっていく。


「……エルデさん。このカプセルの名前、知っていますか?」


「知らないっすけど、父ちゃんは栄養剤って言ってたっす。母ちゃんもそう言ってたっすよ」


 エルデは笑顔のまま答えるが、その笑顔が重くのしかかるように、コートは視線を逸らし、しばし言葉を選んでいた。そして、意を決したように深く息を吸う。


「エルデさん……そして、お付きの皆さん。これは……」


 一瞬だけ、言葉が詰まる。だが、コートは静かに息を整え、視線を逸らさずに続けた。


「これは“クォンタムデス”と呼ばれる薬です。寿命を……代償に、身体を強制的に成長させる――そういう薬です」


 その言葉が落ちた瞬間、診察室の空気が一変した。誰もが言葉を失い、音も、動きも、すべてが凍りついたようだった。さっきまで笑顔で自分の体を語っていたエルデを包む空気すら、急激に冷たさを帯びていく。まるで――彼女の首筋に、死神の鎌がそっと添えられたかのように。


 そしてその場で最も言葉を選び続けていたコートの胸には、わずかな迷いがよぎっていた。


 ――医師として、伝えるべき事実は明白。だがこの子にとって、それがどれだけの重みを持つのか……。医師である前に、一人の大人として、この子にどう伝えるべきか――そんな迷いが、瞳の奥に一瞬だけ揺れた。


 それでも、彼女は視線を逸らさず、ただまっすぐにエルデを見つめていた。


 その横で、クロはわずかに眉をひそめたまま、同じく視線を逸らさず、沈黙のままコートの言葉を正面から受け止めていた。


 一方で、アヤコは小さく息をのみ、膝の上に置いた両手を強く握りしめていた。何かを堪えるように、唇を噛みながら――。

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