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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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頼れる家族、夜の証明

 夜のコロニーを歩くクロの足取りは、普段よりもわずかに遅かった。光の届かない裏通りを抜け、無機質な路地を辿る。向かう先は――あのジャンクショップ。


 扉の前で、そっと立ち止まる。多少、躊躇があったものの、指先がチャイムに触れた。


『は~い。……クロ!? どうしたの』


「その……恥ずかしい話なのですが、もう一つだけ、聞きたいことがあって……」


 声はどこか頼りなく、いつもの無感情さとは違っていた。


『入って良いよ』


 返ってきた応答と同時に、玄関のロックが外れる。静かに扉が開き、クロは一歩、そしてもう一歩と中へと進んだ。


 迎えに出たアヤコの姿を見て、クロの目がわずかに見開かれる。整ったジャンプスーツ姿とは違い、彼女は淡い色合いのパジャマ姿だった。


 ショートヘアがふわりと揺れ、柔らかな照明がその頬をやさしく照らしていた。まるで、“可愛い”という言葉そのもののような存在。それは、装備でも役割でもない――ただの「少女」としての姿だった。


「……雰囲気が、変わりますね」


「えっ、私? ふふっ、どう? 可愛いでしょ♪」


「はい。女の子ですね。……でも、髪が、少し長く見えます」


「あー……うん。ちょっとけなされた気がしなくもないけど」


 アヤコは苦笑しながら、自分の髪に手を添える。


「作業中はね、邪魔にならないようにワックスで上げてるの。もうお風呂入ったからワックスが取れて、伸びたように見えるだけだと思うよ」


「似合ってますよ」


「えへへぇ~、ありがと。入って」


 そう言って微笑むアヤコに促され、クロは玄関を上がった。


 リビングへと通されると、ソファには白のタンクトップに腹巻き、そしてジャージ姿のシゲルが座っていた。片手には缶ビール、目の前に浮かぶモニターではスポーツ番組が流れている。


 その光景を見たクロは、一瞬目を丸くする。まさか――この時代、この世界で“腹巻き”を見ることになるとは思わなかった。懐かしさと衝撃が入り混じる感情に、しばし言葉を失う。


「じいちゃん。クロが相談があるんだって」


 アヤコの言葉に、ビールをぐいっと煽ったシゲルが、のそりと顔を向けた。


「はぁ~……お前、さすがに三度目は恥ずかしいぞ」


 どこか呆れたように、けれど冗談めかして言うその声音は、どこか嬉しそうでもあった。


「座れ。それで、なんだ?」


 シゲルがリビングのソファを顎で示し、座るよう促す。アヤコは冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、グラスに注いでクロの前へと置いた。


「……ありがとうございます」


 クロは一礼し、お茶に手を添える。


「で? なになに? 相談ってさ」


 アヤコがクロの隣に腰を下ろし、ぐいっと顔を近づけてくる。その距離感に、クロはわずかに身を引きながらも、口を開いた。


「その……お恥ずかしい話なのですが……依頼は、こなしてきたんです。ただ……その、証明ができなくて……」


 クロの告白に、アヤコは目をぱちくりとさせる。その隣で、シゲルが深く息を吐いた。クロの頬はわずかに赤く染まり、視線は泳いでいる。


「……何してきた?」


 シゲルが静かに問いかける。


「ウルフジャックの殲滅と……宇宙シャークの群れを片付けました」


 一瞬、時が止まったような沈黙。アヤコがぽかんと口を開ける。


「それって……この辺じゃ結構有名な犯罪集団でしょ? しかも、宇宙シャークって――戦艦クラスの大きさだよね!?」


「はい。ただ……全て塵に変えましたので、証拠が残っていません……」


 申し訳なさそうに呟くクロに、アヤコはもはや何と言っていいかわからず固まった。そしてシゲルは、こめかみに手を当て、もう一度深くため息をついた。


「アヤコ。お前の入れた疑似コックピットのアプリ、録画機能とかはないのか?」


 シゲルが問いかけると、アヤコはあっさりと首を振った。


「ないよ。だって録画したところで、結局クロって本体と融合してるんでしょ? 意味ないと思ったもん」


「……それは、確かに」


 クロも小さく頷き、落ち着いた声で続ける。


「仮に映っていたとしても……私の内部構造しか映らないかと」


「……見たいような、見たくないような……」


 ぽつりと漏れたシゲルの言葉に、アヤコが吹き出しそうになりながらも、なんとか笑いをこらえていた。


「……相手とのやり取りは?」


 シゲルがビールをあおりながら、何気なく問いかけてくる。


「それは、あります」


 クロがうなずくと、シゲルはおつまみのイカを噛みながら、さらに訊ねる。


「位置情報は?」


「疑似コックピットアプリには、そこも入れてるよ」


 代わりに答えたのはアヤコだった。どこか得意げな表情で、指を立てる。


「位置情報、相手の機体ID、戦艦の登録ID……そういうのは自動で取得するように設定してある」


「……そうなんですか?」


 クロは目を丸くし、アヤコの方を見る。


「通信は、そのアプリを起動して行ったんだよね?」


「はい」


 短く頷いたクロに、シゲルはスポーツモニターから目を離さず、またビールをひと口飲む。


「……なら、それで証明するしかないな。……ただ、そのアプリは表に出せねぇ」


 ぽつりと呟いたシゲルに、アヤコがにやりと口角を上げた。


「私がそんな下手、打つわけないでしょ。そこはちゃんと抜け道作ってあるよ。ギルドのアプリも改造しておいたから、そっちにデータは同期されてるはず」


 その言葉に、クロはすぐさまギルドアプリを開き、確認を始める。


「…………どこですか?」


「えーと、メニューの“通信履歴”と“位置情報”のところ……って、あっ」


 アヤコが画面を覗き込み、目を細めた直後、頭を抱えて天井を見上げる。


「ダメだわ」


「なぜですか?」


「……転移してるでしょ。位置情報、いきなり飛びすぎてて逆におかしいの!」


 アヤコが天井を見上げながら大きくため息を吐いた。それに釣られるように、クロも静かに息を漏らす。


 その空気の中、ただひとり――シゲルだけが、飄々とイカを噛みながら言った。


「位置情報は、消せ。無理に通そうとすんな。壊れてたってことにすりゃいい」


 ぽん、と簡単に処理を提案してくる。


「機体IDと戦艦IDは、感知されてるんだろ? で、どっちも消失してるなら、それだけで十分だ。位置は不要。……それで通せ」


 クロとアヤコが顔を見合わせる中、シゲルは缶ビールを傾け、最後にひと言。


「で、宇宙シャークは諦めろ。……さすがにそれは無理だ」


「さすが、じいちゃん。だてに長生きと、違法スレスレのことばっかしてきただけあるよね」


「やかましいわ!」


 シゲルが眉をひそめ、ビシッとアヤコを指差す。


「アヤコ、位置情報の設定は消しとけ。ログもな」


「了解~♪」


「それと、クロ」


 声の調子を切り替え、シゲルが真面目な口調で続ける。


「次から依頼を行うときは、端末の小型ドローンで映像を記録しておけ。お前の本体――あの角の隙間にでもくっつけとけば、壊れにくいし目立たん。物的証拠がなくても、映像さえ残ってりゃ十分だろ」


 クロは黙って頷いた。


 するとシゲルは缶ビールをあおりながら、どこか得意げに笑う。


「まったく……最強種が聞いて呆れるぜ。俺の方が、よっぽど最強だな」


 その言葉に、アヤコがすかさず突っ込む。


「あ~あ。じいちゃん命知らずだな~」


 クロも視線を横にずらしながら、淡々と答えた。


「いえ。本当のことです。力だけが――唯一の取り柄ですから」


 その言葉に、アヤコが口元を手で隠しつつ、楽しげに続ける。


「でもさ、それ……じいちゃん以外に言われたら?」


「……ビンタぐらいは、しますかね」


「それはもう、“信頼の証”だね~♪」


 アヤコは嬉しそうに身を乗り出し、クロにそのまま抱きついた。


「妹、かぁ……よろしくね、クロ」


 唐突な言葉に、クロは目を瞬かせたあと、ほんのわずかに口元を緩める。


「……はい、お姉ちゃん。それと、お父さん」


「おう」


 シゲルは缶を掲げるように返事をしながら、すぐに実務的な声に切り替えた。


「とりあえず、ギルドに報告に行ってこい。あと、グレゴには“俺の養子になった”って伝えとけ」


 その言葉に、クロは小さく首を傾げた。


「……知ってるんですか?」


「ギルド御用達のジャンクショップだ。それに、あいつとは幼馴染でな。互いに突かれたくないことを、いろいろ知ってる仲だ」


 シゲルの言葉に、クロはさらに首を傾げた。


「……それは、仲が良いと言うのでしょうか?」


 問い返されて、シゲルは噴き出すように笑い、またビールをあおる。


「そういうもんさ。……ま、夜も遅い。気をつけろって言うのも変だが――行ってこい」


「はい」


 クロは一礼し、そっとグラスを手に取ってお茶を飲み干すと、静かに立ち上がった。


 その背を見送りながら、アヤコも自然と立ち上がり、一緒に玄関まで歩いていく。


「またね。部屋、きれいにして待ってるよ~」


「……はい。では、一週間後に」


 軽く手を振るクロに、アヤコは小さくおやすみと呟く。そして玄関の扉が静かに閉じた。


 外に出たクロは、ゆっくりと歩き出す。目指す先は――ギルド。


 その足取りには、かすかな弾みが宿っていた。数千年という時の果てで、ようやく触れた“家族”という温もり。


 心のどこかが、ふわりとほどけていた。

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