13歳とオンリーの事業
そのまま会話の空気が和らいでいくなか、メイドが紅茶を運んできて、アヤコとエルデの前にも静かにカップが置かれた。エルデは一口だけ口をつけ――ぷっと小さく噴き出す。
「し、渋いっす……」
「ジュースの方が良かったわね」
オンリーが小さく笑い、何も言わずにメイドへ目配せを送る。すると数秒も経たぬうちに、冷えたジュース入りのグラスがエルデの手元へ運ばれてきた。
「すいませんっす」
「いいのよ。それにしても、可愛いわね。ほんとに13歳なの?」
「はいっす」
さらりと返してジュースを飲むエルデ。その仕草は、特別なことではないとでも言うように自然だった。
「そうなのね。私もまだまだね」
「いえ、オンリーさんは十分すごいです」
クロが静かにそう口にした、そのとき――彼女の端末が小さく鳴る。表示された内容に、クロの眉がぴくりと跳ねた。
「……は? 1,000万C? 服だけで……?」
呆然としたように端末を見つめ、ゆっくりとアヤコとエルデに視線を向ける。アヤコは無言で窓の外を見つめ、エルデはにこにこと笑っていた。
「メイドさんたちがいろいろ選んでくれたっす。嬉しかったんで、全部お願いしたっす。下着も普段着も、この服も、同じの何着もくれたっす」
悪びれもせず、ただ選んでくれたという事実をまっすぐに受け止めていた。そこに、計算や遠慮は微塵もない。
そして、アヤコがぽつりと呟くように言う。
「最初は抵抗したの……でも、今まででいちばん似合ってたし。私も女だし……ね」
「“ね”じゃないんですが……オンリーさんのメイドさんたち、やってくれましたね」
クロの小さなため息に、オンリーが涼しげな笑みを返す。
「うちのメイドたちは優秀なの。それこそ、目の前に素晴らしい素材があったんですもの。腕が鳴って仕方がなかったと思うわよ」
ウインクをひとつ、クロに向けて送るオンリー。クロは「やってくれましたね……」という表情を浮かべつつも、端末に指を滑らせ、支払い処理を済ませる。だが――
「……しかし、服だけでこの金額はおかしいのでは?」
額面を改めて見ながら、静かに疑問を投げかけたクロに、オンリーはさらりと答えた。
「生地は一級品。それに、採寸して完全オーダーメイド。データはその後の成長にも対応できるよう設計してあるわ。アフターケアも含めて、破れても、成長後も、同じ服を再現できるの」
そう言いながら、オンリーは軽く手をひらりと振る。すると一枚のホログラムパネルが浮かび上がった。そこに表示されたのは、高級ブランドショップのエンブレム。その名は――ユアオンリー。どの惑星にも、どのコロニーにも必ず一店舗は存在するという、宇宙規模で展開する超高級ブランドの名前だった。
「この店のオーナーは私。まあ、表に名前は出していないけれど」
さらりと打ち明けたその一言に、アヤコの目が見開かれる。
「……まさか。じゃあ、このブランドの専属デザイナーの“オリーネ”って――」
「ええ、私よ。“オンリーワン”を少しひねって、“オリーネ”。響きが柔らかいでしょ?」
微笑みながら語るその声は、まるで遊び心と誇りが混ざり合ったような響きだった。呆然としたように沈黙するクロとエルデは、話の重大さに気づけていない様子でぽかんと顔を見合わせている。そんな二人に、アヤコがぽつりと呟いた。
「……世界ナンバーワンデザイナーがオンリーさん。納得した。誰にも顔が知られていないって噂だったけど――そりゃ、わかるわけないわね」
そう、ぽつりと呟くアヤコ。オンリーは人差し指を口元に添え、目元だけでウインクを送った。
「内緒よ」
その一言に続けるように、優雅に微笑む。
「服は全部、ランドセルに運んでおくから。心配しないで頂戴ね」
ちょうどその頃、クロの端末には輸送完了を示す通知が届いていた。カーゴベイへの振り分け、万能ドローンによる分類・収納。すべての手配が、すでに終わっていた。
その様子を見ながら、……目の奥に、少女の頃に憧れた何かが、ほんの一瞬だけ灯っていた。滲み出る驚きと尊敬と、ほんの少しの羨望。クロはといえば、完全にしてやられたという顔で肩を落とす。
そして、そんなふたりを見ていたエルデは、にこにこと笑いながらジュースをもう一口。その横顔には、どこか誇らしげな色が差していた。