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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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“普通”を超えてゆく衣装選び

 エルデはそのまま、新たな衣装の試着へと進んだ。メイドたちが次々に手渡すのは、クロからの指定を受けて設計された「スネークシリーズ」と「ワイルズシリーズ」をベースとした装備群。機能性と耐久性を両立させた構造で、用途に応じて戦闘や作業にも適応できる仕様になっている。


「これは、クロ様の衣服を脱がせていただいた際に取得したデータをもとに、衣服プリンターでエルデ様用に最適化出力したものです。ただし、クロ様の装備と異なり、特殊機能は搭載されておりません」


 そう説明しながら、丁寧にハンガーへ掛けられていく衣装。素材は防刃・耐熱・軽量性に優れ、柔軟かつ高い伸縮性を持つ。だが、そこに露出や誇張はない。むしろ輪郭の強調を避けるため、仕立てには隠すための工夫が凝らされていた。けれど、それでも――


「うーん……これでも、なんか目立ってる気がするっす」


 首を傾げながら、エルデは鏡の前でくるりと一回転する。素材が肌に沿うように馴染むせいで、隠しているはずのラインがかえって柔らかく浮かび上がる。


「もっと……えっと、こう……ふつうな感じには、ならないんすか?」


 その問いに、年配のメイドが柔らかく微笑んだ。


「“普通”というのは、見る人の目によって異なります。エルデ様にとっての“普通”は……きっと、今着ているこれです」


「えっ、そうなんすか……?」


 エルデは視線を落とし、腕を胸元で交差させるようにして自身の身体を見下ろす。胸元、腰回り、足のライン――どれも余裕なく収まっていた。それが彼女にとって隠せていないという感覚となって伝わっていた。


「……でも、自分が悪いっすもんね。この体だから」


 ぽつりと落とされたその言葉に、メイドたちの手が一瞬止まる。


「違います」


 静かに、けれど凛とした声でそう返したのは、先ほどまで最も寡黙だった年配のメイドだった。


「悪いのではありません。整っているのです。それを“悪い”と感じてしまうのは、世界の側に問題があるのです」


 優しくも力のある口調。そこには誇りと、長年の矜持が滲んでいた。


「あなたの姿は、私たちにとって宝石です。まだ磨かれていない、純粋な、世界にひとつだけの」


 きょとんとした顔でその言葉を受け止めていたエルデは、やがて小さく頬を染める。


「……ありがとうっす。でも、やっぱり、まだちょっと照れるっすね」


 そう言って、指先でそっと衣装の縁をつまみ、ほんのわずかに整える。まるで自分自身の新しい輪郭と、静かに向き合おうとしているように。その様子を見て、別のメイドがそっと声をかけた。


「……エルデ様。これはお節介かもしれませんが――守ることと隠すことは、似ていて、違います」


「……?」


「もし視線が怖いのだとしたら、それはあなたが見られる価値があるということ。その価値を、自分で否定しないでください。必要なのは、恐れではなく――自信です」


 そう言って手渡されたのは、もう一着の装備だった。今のものよりやや厚手で、可動域と防御性を両立した、まさに動くための服。派手さを排し、視線を逸らせるよう設計されている。


「この子……よく見ている。最初の装備を着たときより、立ち方が少し変わっている」


「ええ。きっと、心の中で“着る”ということを受け入れたのね」


 メイド同士の囁くような会話を背に、エルデは小さく頷いた。


「……姉御のサポート、ちゃんとできるようになりたいっす」


 その一言には、彼女の芯がまっすぐに宿っていた。背筋を伸ばし、新たな衣装に腕を通す。その姿には、もはやあのジャケットに身を包んでいた少女の面影はなかった。未来へ向けて整えられた装い。その中で、確かに芽吹いた気づきが、エルデの心にゆっくりと根を張りはじめていた。


 そして――


 アヤコは、着てきたままの服で二階のサロンに姿を現した。一方のエルデは、クロの装備によく似たスタイルに身を包んでいた。深緑のフード付きジャケット。インナーには黒のTシャツ。ボトムスも同じ深緑で、ブーツと指ぬき手袋は黒。ショートカットの金髪と相まって、その装いは自然に彼女の雰囲気と調和していた。


 体のラインは以前よりは隠されていたが、それでも素材の密着度と姿勢の良さが相まって、隠しきれないスタイルの良さが滲み出る。むしろ、引き締まった装いがかえって彼女の存在感を引き立てていた。


「お待たせっす。クロの姉御と同じ感じの服に着替えたっすよ!」


 無邪気な笑顔でそう言うエルデに、クロは静かに目を細める。


「似合ってますね。しかし……それでも目立ちますね」


 的確な評価に、隣のオンリーがぽつりと呟いた。


「……いいわ。すごく、いい……クロちゃん、この子、モデルに貸してくれない?」


「あげませんよ。私のです」


 即答するクロの声には、揺るぎのない一線が引かれていた。そのやり取りに、アヤコが苦笑まじりに口を挟む。


「簡単に言うな~。エルデの意思がないよ」


 エルデはふっと小さく笑い、少しだけ肩の力を抜いた。そして、まっすぐアヤコを見て、穏やかに口を開く。


「姉さん……ありがとうっす。でも、自分はクロの姉御のものっす」


 その言葉に、場の空気が一瞬だけ静かになる。言葉に込められた決意と温度。それは冗談では済まされない誓いに近い何かで、エルデの芯からの意思だった。

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