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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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服選びという名の審判

 そうしてアヤコをなだめながら歩いているうちに、目的の服屋にたどり着く。


「ここですね、お姉ちゃん。……もういい加減、シャキッとしてください。エルデの服選び、お願いします」


「そうっす、姉さん。自分、服のこととかよくわからないっすから、頼りにしてるっす」


 クロとエルデ、ふたりに挟まれて励まされるようにして、アヤコはようやく前を向く。


「……うん、わかった。任せて」


 内心まだ動揺が残っていたが、無理やり気持ちに蓋をして、三人は服屋の自動ドアをくぐる。


 すると――そこに、まるで彼女たちを待ち構えていたかのように、オンリーが立っていた。艶やかな衣装を纏い、涼しげな笑みを浮かべて、すっと手を広げてみせる。


「いらっしゃい、クロちゃん。そして、あなたがシゲルちゃんのお孫さんのアヤコちゃんに――あなたが、トバラが言っていたエルデちゃんね」


 どこか芝居がかった口調で語りながら、オンリーは優雅に一礼した。


「私はオンリー。このオンリーワンの主よ。どうぞ、ごゆっくり」


 唐突な登場と名乗りに、アヤコは驚きに目を丸くし、その場で固まってしまう。エルデはというと、少し戸惑いながらも、正面から真剣に問いかける。


「あの……男っすか? 女っすか?」


 あまりにストレートなその質問に、アヤコは慌てて前に出て頭を下げる。


「す、すみませんっ! この子、悪気はなくてっ!」


 しかしオンリーはまったく気にした様子もなく、柔らかく笑って答えた。


「私は私よ。ふふ、あなた、素直でとても良い子ね。クロちゃん、この子はなかなか将来有望じゃない?」


 視線をクロに向けて、軽やかに問うオンリーに――クロも微笑を浮かべながら頷いた。


「ええ、どうやら私は……とても良い子を、家族に迎えることができたみたいです」


 その言葉に、エルデは嬉しそうに顔を綻ばせ、アヤコは少し照れくさそうに肩をすくめる。


「……問題は、隣のアヤコちゃんね」


 そのひとことに、クロはぴくりと眉を動かした。


「どういう意味ですか?」


 視線を逸らさず、やや鋭く問い返すクロに、オンリーは肩をすくめ、あくまで穏やかに応じる。


「そうね……それは、あとでゆっくりお話ししましょう。今は――」


 オンリーはすっと前を向き直り、アヤコとエルデに向かって、まるで舞台の幕開けのように声を響かせた。


「さあ、コーディネートを始めましょうか」


 その瞬間、彼女が片手を鳴らす。


 すると――いつの間にか床の影から湧き上がったかのようにメイドたちが現れた。


「さあ皆さん。このふたりに相応しい衣装を――上から下まで、完璧に整えてあげて♪」


「はい、オンリー様!」


 ぴたりと揃った返事と同時に、熟練の動きでアヤコとエルデを取り囲むメイドたち。誰もが迷いなく道具を取り出し、採寸と選定の準備に取りかかる。


 その迫力と機動力に、エルデは目を丸くし、アヤコは一歩下がる間もなく両腕を掴まれていた。


 周囲を取り囲むメイドたちの表情は、もはや“プロの仕事顔”を超えていた。


 狙った獲物を確実に仕留める――そんなハンターの眼差し。


(……うん、この圧。俺も、同じ目で見られてたな)


 思い出すだけで背筋がひやりとする。クロはそっと肩をすくめ、乾いた笑みを漏らす。


 今、アヤコとエルデが――オンリーの「美的審判」という名の戦場へと投げ込まれた。


「とりあえず、アヤコお姉ちゃんは技術開発者なので、そちらに適した服装と普段着をお願いします。エルデには、今後私のサポート要員として同行してもらいますので、私の着ているスネークシリーズとワイルズシリーズのような構成と、スタイルが目立ちすぎないような工夫も加えてください。加えて、ふたりとも普段着とパジャマも一式。費用はこちらで負担しますので、数着分選んでもらえれば」


 そう告げたクロに、メイドたちは一糸乱れぬ動きでぴたりと頭を下げた。


「かしこまりました、クロ様」


 その返答を合図に、メイドたちは手早くアヤコとエルデを別室へと“運搬”する。


 両側を挟まれ、ずるずると引きずられていくアヤコとエルデ。抵抗の声はあるが、無慈悲にもドアは閉められる。


「クロの裏切り者ーっ!」


「たすけてっすー!!」


 そんな断末魔のような叫びが閉ざされた扉の向こうから微かに漏れてくる。


 けれどクロは、表情ひとつ変えずに振り返り、オンリーに向き直った。


「では、オンリーさん。少しお話をしましょうか」


 その提案に、オンリーはにっこりと笑い、指先を一振り。


「ええ。じゃあ、お茶とお菓子の用意をさせるわ」


 即座に控えていたメイドが頷き、静かに部屋の奥へと消えていく。


「クロちゃん、上の階のサロンにご案内するわ」


 オンリーの軽やかな足取りに導かれ、クロはゆっくりと階段を上っていく。


 その背中を見送りながら、心の中ではひとこと。


(……今ごろ、ふたりとも着せ替え人形になってるな)


 だが、そこに少しだけ――胸の内では小さな罪悪感と、隠しきれない愉快さが交錯していた。

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某読み上げロイドの声で「ウチもやったんやからな」って聞こえた気がしたのは何でやろな
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