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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
259/470

正体と優しさと朝の居場所

【更新休止のお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

誠に勝手ながら、7月17日(水)20時の更新および、7月19日(金)の8時・12時・16時の更新につきましては、通院のためお休みとさせていただきます。


体調そのものに大きな問題はございませんが、定期的な検査等のため、やむを得ず更新を調整させていただく運びとなりました。楽しみにしてくださっている皆さまにはご迷惑をおかけいたしますが、ご理解いただけますと幸いです。


なお、その他の時間帯については通常通りの更新を予定しております。

今後とも『バハムート宇宙を行く』をよろしくお願いいたします。

「とりあえず、エルデはシャワーを浴びてきてください。クレア、私の部屋に案内を」


 クロの言葉に、クレアはこくんと頷くと、肩からふわりと跳び、エルデの頭の上へと乗り移る。


 その様子を見ていたアヤコは、「あ」と小さく声を上げ、すぐにシゲルのほうを振り向いた。


「じいちゃん、服貸して――」


 その言葉をさえぎるように、エルデが手を上げる。


「あ、すみません。自分、女っす」


 その言葉に、アヤコとウェンの顔には、同時に疑問符が浮かんだ。どこからどう見ても“少年”にしか見えない。声もやや高いが、体格や雰囲気は完全に“男”だ。


 エルデは苦笑しつつ、頭をかきながら説明する。


「これ、肉襦袢なんっすよ。売られたとき、男としてじゃないとヤバいってことで、こういうカッコにされたっす」


 あっけらかんと語るエルデに、アヤコは言葉を失い、ウェンは絶妙なタイミングでスープを吹きそうになる。同情を浮かべていいのか、笑っていいのか迷う空気のなか――アヤコは立ち上がり、きっぱりと言った。


「じゃあ、私の服を用意するね。クロの部屋に置いておくから、サイズ合いそうなの着てみて」


「ありがとうっす、アヤコの姉御!」


「姉御はやめて。アヤコでいいの、エルデ」


 照れくさそうに笑うアヤコに礼を言いつつ、エルデはクレアを頭に乗せたまま、案内されてリビングを出ていく。


 残されたクロは、空いているソファーに腰を下ろし、口を拭っているウェンへと目を向けた。


「ウェンさん。今から話すことは、この輸送艦“ランドセル”にいる皆さんがすでに知っていることです。……私と、クレアの正体について」


 その一言で、リビングの空気がごくわずかに引き締まる。ウェンも、姿勢を正してクロの言葉に耳を傾けた。


 淡々と、しかし隠しごとのない口調で、クロは自分が“人ではない”こと――そして、この宇宙で一番の賞金首であるバハムート本人で今目の前に居るのは分身体。


 最初は戸惑っていたウェンも、シゲルの肯定、アヤコの証言、そしてなによりノアの説得を受け、やがて真顔で頷いた。


「……なるほど。うん、信じる。でも、もっと早く教えてくれてもよかったのに」


 少しだけふくれっ面を見せながら、そうこぼすウェンに、クロは肩をすくめる。


「……自分をさらけ出すには、勇気がいります。……案外、難しいんですよ」


 そうしてクロが苦笑を浮かべながら話していると――シャワーを終え、肉襦袢を脱いだエルデがリビングへと戻ってきた。


 その姿を目にした瞬間、場の空気が一瞬にして凍る。誰もが言葉を失い、視線が自然と彼女に集まっていた。


 着ているのはアヤコの私服だが、サイズが合っておらず、胸元は明らかに窮屈そう。逆にウエストからヒップにかけては布が余っていて、下半身は全体的にだぶついている。――にもかかわらず、そのスタイルは誰が見ても隠しきれないほどに整っていた。


 アヤコとウェンは、互いに視線を交わすこともなく、エルデを見たままゆっくりと自分の身体へと視線を落とす。その仕草に言葉はないが、脳裏に浮かぶのはきっと同じ感想だ。


 ノアも思わず目を見張り、頬をわずかに染めたが、すぐさまウェンの視線に気づき、気まずそうに顔をそらした。


 そんな中、ただ一人だけ――空気を読まない男がいた。


 シゲルが肩を揺らして笑い、こともなげに口を開く。


「なるほどな……そりゃ、男に変装させられるわけだ。親なりに、最後の情けだったのかもな」


 そして、ちらりとアヤコとウェンに目をやり、鼻を鳴らす。ニヤついた顔のまま、現実を容赦なく突きつけた。


「……にしても、お前ら――スタイル、完全に負けてるぞ」


「じいちゃんのつまみ、全部捨てるからね!!」


 アヤコの怒声がリビングに響き渡り、彼女とウェンが同時に顔をしかめて頭を抱える。


 その様子を横目に、エルデはどこか居心地悪そうに、クロの横に膝をそろえてぺたんと座る。


「……ソファーに座ってもいいんですよ?」


 気づいたクロが声をかけると、エルデは小さく首をすくめながら答える。


「いや……なんか、自分が座ったら汚しちゃうかと思ってっす」


「シャワー、ちゃんと浴びましたよね? 大丈夫ですから、どうぞ」


 静かに促され、エルデはおずおずと立ち上がり、そろりとソファーに腰を下ろした。


「……おおっ、ふかふかっす」


 驚きと感動が混ざった声に、クロは思わず微笑む。


 そのころ、アヤコたちは朝食を食べ終え、食器を片付けながらエルデへと声をかけた。


「エルデ、朝ごはん――パンでいい?」


 その一言に、エルデはぱっと目を見開く。


「えっ、いいんすか!? 食べても?」


 弾けるような驚きの声に、アヤコは思わず手を止めた。


 そして、エルデの表情をじっと見つめたまま、ぽつりと呟く。


「……逆に、“食べない選択肢”がある……?」


 その問いかけに、エルデは少し笑いながら、頭をかき――照れくさそうに答える。


「いや~……親に売られるくらいっすから。ちゃんと食べられるの、一週間で数回あればラッキーって感じだったっす」


 あっけらかんとした口調ではあったが、その言葉の奥には、拭えない日々の重さが滲んでいた。


 アヤコは一瞬だけ視線を伏せると、すぐに笑顔を浮かべ、優しく声をかけた。


「……なら、これからは毎日が“運がいい日”だよ。いっぱい食べて」


 柔らかくてあたたかい、その響きに――エルデは一瞬、目を丸くする。


 けれどすぐに、表情がほころんだ。


「はいっす!」


 その返事は、どこか照れながらも、心からのものだった。

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