帰還の朝と新しい居場所
【更新休止のお知らせ】
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
誠に勝手ながら、7月17日(水)20時の更新および、7月19日(金)の8時・12時・16時の更新につきましては、通院のためお休みとさせていただきます。
体調そのものに大きな問題はございませんが、定期的な検査等のため、やむを得ず更新を調整させていただく運びとなりました。楽しみにしてくださっている皆さまにはご迷惑をおかけいたしますが、ご理解いただけますと幸いです。
なお、その他の時間帯については通常通りの更新を予定しております。
今後とも『バハムート宇宙を行く』をよろしくお願いいたします。
ゴングから降り立つと、すでにドックの前では――執事服に身を包んだ男たちが整列していた。その中央には、あのトバラの姿がある。
クロと、肩に乗るクレア。そして、その背中を盾にするように、恐る恐るついてくるエルデ。
「おかえりなさいませ、クロ様。以降の対応は、すべてこちらにお任せください」
「お願いします。私たちは、一度戻ります」
クロは軽く頭を下げ、歩き出す。背後で、トバラが執事たちに指示を飛ばす。
「シゲル様は、現在ランドセルにおられます。……では、始めましょう」
その一言で、執事たちは一斉に動き出す。だが、そこには雑さも混乱もない。まるで軍隊のような統率のもとで、それぞれの動きが完璧に噛み合っていた。
「お客様の護送はあなた。外部に停泊中の戦艦群の確認はそちら。搭載された機体と物資は手分けしてチェックを。終了した物資から順に、シゲル様の停泊しておられるドックへ搬入をお願いします。残りの方は、私と共にこのゴングの内部検査に入ります」
「はっ」
全員が即座に返答し、流れるように作業へと移行していく。その所作には、徹底された訓練だけでなく――どこか品格さえ宿していた。
「……見事ですね」
思わず漏れたクロの感嘆に、トバラは深く一礼し、そのまま背を向けて作業へと加わった。
クロたちはそのままドックエリア内のエレベーターへと向かう。
「クロの姉御……あの人、なんか怖いっす」
率直なエルデの感想に、クロは頷いた。
「人を見る目はあるようですね。……気を付けてください。あの人は、笑顔の奥が本気で怖いです」
「ひぃ……肝に銘じますっす」
緊張で背筋を伸ばしつつ、エレベーターは加速しながら上下左右へと移動を繰り返す。そして、やがて目の前に姿を現したのは――黒を基調に真紅のラインが走る、巨大な艦影。
「あれが……ランドセル……」
思わず声に出すエルデの視線は、艦首の横に大きく描かれたキャラクターに引き寄せられる。
「……それとあのロゴ、かわいいっすね。あれ、なんていう名前なんです?」
「レッド君。デザインはアヤコ。私のお姉ちゃんになります」
「姉御の姉御……! しかも絵心あるとか、才能かたまりすぎっすね!」
素直な驚きと尊敬をにじませながら、エルデはタラップを駆け上がる。クロとクレアもそれに続き、揺れのないエレベーターに乗り込むと、ランドセル内部のメインスペースへと上昇していった。
扉が開くと、すぐに漂ってくる――あたたかな朝食の匂い。焼きたてのパンに、スープ、それから何か煮込まれているような香りまでが混ざり合い、エルデの鼻をくすぐる。
その先、リビングからは複数の話し声が聞こえていた。
活気がある、けれど騒がしくはない。“普通の朝”を迎えている――そんな空気がそこにあった。
「……なんか、いい匂いっす」
エルデが思わず呟いたその横で、クロはひとつ深呼吸するように息を吸い、ドアを開けて中へと足を踏み入れる。
「おはようございます」
その一言で、リビング内の空気がわずかに変わる。
食卓にいた面々が次々に振り返り、視線がまずクロへ、そしてそのすぐ後ろ――おずおずと顔を出すエルデへと向けられた。
注目の中心に置かれることに、エルデの肩がぴくりと震える。
けれど、その空間には――責めるような視線はなかった。あるのは、驚きと、興味と、ほんの少しの緊張。それでも全体には、ぬるま湯のような居心地のいい空気が流れていた。
そんななか、誰よりも早く声を発したのは――シゲルだった。
「で――儲けは?」
あまりにも早い開口一番に、エルデが思わずびくりと反応し、クロが苦笑まじりに答える。
「はい。まず確定分としては、改造済みの巡洋艦が七隻。それに、物資類が複数。改造・ペイント入りの海賊仕様ですが、フォトン社製の機体フォルツの無傷な物が16機あります」
指を折りながら淡々と報告するクロの声に、周囲の空気が少しだけ引き締まる。
「それと――面白ドッキリ戦艦が一隻。変形するやつですね。これは扱い未定ですが、素材的には価値がありそうです」
シゲルが頷きながら、コーヒーをすすった。
「ほう。それで賞金首は?」
問いかけに、クロはひとつ頷いて答える。
「今回は賞金首というより――報奨金ですね。合計で、1,000万Cです」
周囲がざわりと反応しかけたところで、クロはもう一つ言葉を重ねる。
「それと……」
クロの目が自然と、自分の後ろを指すように動く。
「私専用のサポーターをひとり、手に入れました。名前はエルデです」
紹介の言葉とともに、クロがエルデの背を軽く押す。促されるままに前に出たエルデは、少し緊張しつつも、いつもの調子を崩さず頭を下げる。
「初めましてっす。自分、エルデ。親に売られて、海賊初日にクロの姉御に拾われたっす! よろしくお願いしますっす!」
明るい声とテンポでそう言い切ると、リビングに再びざわめきが走る。そんな中、シゲルがため息混じりにぼそりと漏らす。
「……またか。……俺が言ったからか?」
クロは静かに頷く。
「はい。あの時の言葉で、少し――考えました。ウェンさんにもお話ししておきますね」
そう指名されたウェンは、朝食のパンを咀嚼したまま目を見開き、なんとも言えない表情になる。
そんな様子を見て、アヤコが眉をひそめながらクロへ向き直る。
「いいの? 本当に」
「ええ。だって……どこかの誰かさんが、この惑星の命まで賭けて、命懸けで暴露して、全力で説教してくれましたから。――ちょっとだけ、前に進んでみようかと」
淡々としたその言葉に、一瞬だけ場が静まる。
次の瞬間、アヤコの目がするどくシゲルを睨みつける。
「じいちゃん!! もうお酒捨てるからね!!」
「やめろォォォォォ――ッ!!」
朝のリビングに、シゲルの絶叫がこだました。
その間に、横でやりとりを見ていたウェンは小声でノアに訊ねる。
「……これ、どういう流れ?」
「色々あってね」
苦笑交じりに返すノアの顔は、いつも通りだが、どこか楽しげだった。
エルデはそんな賑やかな空気の中で、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。もしかしたら、自分も――この優しい騒がしさの中に、自分の居場所があるかもしれない。そんな期待が、小さく、確かに胸のなかで膨らんでいた。




