帰還と家族の証明
エルデは航路データを組み上げながら、巡航用の疑似ゲート展開を完了させた。青白い光が宇宙を切り裂くように揺らめき、その中へゴングと巡洋艦群が一隻ずつ滑り込んでいく。手元の操作を確認して、エルデが片手を上げる。
「いつでも向かえるっすよ!」
「ええ。すぐに帰りましょう」
淡々と答えるクロに、エルデは片目をつぶって親指を立てる。
「あいあいさ~。キャプテンクロ!」
その言葉に、クロがわずかに肩を落とした。
「……私は海賊ではありません。やめてください」
そう言いながらも、声に怒りの色はなく――視線は、肩にいるクレアへと向いていた。その姿は誇らしく胸を張っている。まるで「キャプテンの部下であること」に、一番満足しているのは自分だとでも言いたげだった。
それからおよそ半日。小隊航行を続けながら疑似ゲートをくぐり抜け、ようやく目的地――オンリーワンが、その姿を現す。
「あれがオンリーワンっすか……でっか……」
前方の巨大なシルエットを目にしたエルデは、ぽつりと呟き、素直な感嘆を漏らした。
「エルデ。このチャンネルに通信をつないでください」
「了解っす」
クロの指示にエルデは即座に反応し、コンソールを操作して回線を切り替える。数秒後、投影モニターに映し出されたのは、オンリーの執事――トバラだった。
『おかえりなさいませ、クロ様』
変わらぬ丁寧な所作と、端正な声がモニター越しに響く。そして、トバラの視線が艦橋の隅――クロの横に控えるエルデへと移る。
『そちらの女性が、お客様でございましょうか?』
「……よく女性だとわかりましたね」
クロは少しだけ目を丸くする。
「残念ですが、彼女は私のものです」
「クロの姉御……っ」
横で呟いたエルデの声は、喜びとも戸惑いともつかない。“もの扱い”に心が揺れたが、否定する前に照れが勝ってしまったのか、言葉が出てこない。
クロはその様子をあえて無視し、トバラへと会話を戻す。
「お客様は、現在貨物室で優雅に寝ております」
『それは安心いたしました。では、指定するドックへと帰港をお願いします。……残りの戦艦ですが、今回のマーケットにてお売りになりますか?』
トバラの申し出に、クロは少しだけ間を置いてから答える。
「お父さんと相談します。売れるとは思いますけど……一応、海賊の使用品ですので」
『問題ございません。ただ、チェックは必要です。その後、価格評価に入らせていただきます』
「お願いします。ちなみに今、私たちが乗っているこの戦艦が――例の変形する“秘密兵器”です」
『ありがとうございます。そちらに関してはこちらで速やかにお調べいたします。マーケットの開催が終わるまでには完了させますので、どうぞご安心ください。――もちろん、お客様に対しても、丁重に“おもてなし”いたします』
言葉こそ丁寧なものの、トバラの瞳の奥には鋭い光が宿っていた。表情は崩さず、礼儀の裏に冷ややかな殺気をきらりと滲ませる。
「ひっ……」
その視線に射抜かれ、エルデが思わず肩をすくめて息を呑む。まるで命の危険を感じたかのように、小さく悲鳴を漏らしたその肩に――クロが、そっと手を置いた。
「ちなみに、彼女は私の正体を知っています」
落ち着いた声でそう告げるクロに、モニター越しのトバラの目がわずかに見開かれる。
『……これは、驚きました。そうですか。どうやら――』
一拍の沈黙ののち、トバラは微笑を深めた。
『……シゲル様が命を懸けて遺してくださったご忠告。ようやく、効き始めたようで、何よりでございます』
その言葉に、クロはほんのわずかに目を伏せて応じた。
「……そうですね。私も――ただ力で押すのではなく、歩み寄り、信頼を得る努力をするべきだと思いました。……もっと、早くから」
小さく区切られた言葉には、わずかな迷いと、それでも進もうとする意志が滲んでいた。
「もっとも、彼女の場合は……ほとんど強制でしたけど」
自嘲ぎみにそう付け加えるクロに、エルデが勢いよく胸を張る。
「いえっ! 私はクロの姉御に、命をささげる覚悟っす!」
真っ直ぐすぎるその声に、クレアがぴくりと反応する。
「エルデ、あなたは新参者です。私はクロ様に最初からお仕えしているのです。覚悟も順番も、私の方が上です!」
小さな体でぐいっと前に出るクレアに、エルデも負けじと語気を強めた。
「でも、熱意だけは負けてないっす! それに、クレアの姉御にも――この命、捧げられるっす!」
「なら、クロ様の役に必ず立ちなさい!」
「はいっす!!」
即答するエルデに、クレアがぐいっと胸を張る。
二人のやり取りは、まるで家族げんかのような――それでいて、どこか温かい空気すら含んでいた。
クロは苦笑を浮かべながら、ゆっくりと息をつく。
「……ええと、ふたりとも。どちらも、私の家族です。それで、いいでしょう?」
そう言って、肩に乗るクレアの頭を軽く撫で、同時にエルデの肩に手を置いてぽんと叩く。
二人は一瞬だけ視線を交わし、今度は同時に――
「はい!」
ぴたりと声が重なった。
その様子を、通信越しに見ていたトバラは、思わず口元を緩める。
『面白い子を家族にお迎えになりましたな、クロ様』
「偶然と気まぐれは、時に運命をも超えてしまうようで――恐ろしいですね」
そう言って、クロも小さく笑みを浮かべる。困ったようでいて、どこか誇らしげな――家族を得た者の、確かな微笑だった。
そして、小さな艦隊の先頭を行く戦艦“ゴング”は、静かに軌道を描きながら、指定されたドックへと帰港していった。その背に、小さな喧騒と、あたたかな気配を乗せて。