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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
255/493

制裁の証と忠誠の刻印

 クロはそれを含めて、心のなかでひとつ呟いた。


(……案外、良い拾い物をしたかもしれませんね)


 そう思いつつ、視線を正面に戻す。


「この戦艦たち、ゴングでオート制御できますか?」


「知りません!」


 即答だった。しかも、妙に元気よく。


「そこは……もっと静かに答えるところです」


 わずかに目を細めながらも、クロは肩をすくめる。


「調べておいてください。その間に、私はお掃除を済ませてきます」


「わかりました、クロの姉御!」


「……その“姉御”呼び、禁止で」


 苦笑まじりにそう返しながら、クロは艦橋から静かに宇宙空間へと出た。疑似コックピットに戻ると、バハムート本体がゆっくりと身を起こす。すぐさま、ゴングの艦橋へ通信が繋がった。


「エルデ。よく見ておいてください。これは――貴方が選ばなかった未来。選ぶかもしれなかった未来です」


 そして次の瞬間、バハムートは旋回し、フォルツと海賊たちが押し込められた戦艦の方角へと体を向けた。


「――因果応報。その言葉を、よく覚えて逝ってください」


 胸部中央、赤のラインが脈打ち始める。真紅の光がじわじわと漏れ出し、やがてその輝きは全身を包み込むように広がっていく。


 燃えるような朱が宇宙を染めた。それは、ゴング艦橋の中にいるエルデでさえ、本能的に恐怖を感じるほどの“色”だった。


 クロは、一歩も引かぬ姿勢のまま、静かに――けれど確かな意思を込めて、声を放った。


「バハムゥーーーーート……ブラスタァーーーーッ!!」


 瞬間、戦艦を包み込んだ紅の光が収束し、炸裂する。砲撃の音すらない真空の中で、ただ、戦艦とその中身が――無言のまま、塵へと還った。


 誰の声も、遺されたものもなかった。


 宇宙に静寂が戻る中、クロは通信を繋ぎ直す。


「エルデ。貴方も、こうなりたくなければ――私についてきてください」


 その言葉は、脅しでもなく、甘い誘いでもなかった。ただ一つの道を示す、淡々とした宣告だった。


 一拍の沈黙。そして、艦橋の通信機から響いたのは、少し裏返った、しかしはっきりとした声だった。


『二度と! 邪道の道には行きませんから!!』


 言葉の強さと反応の速さに、クロはごくわずかに頷いた。


 その後、エルデはゴングの管制システムにアクセスし、オートで戦艦を操る方法を模索し始めた。その最中、宇宙空間から転移してきたクロと、豆柴サイズの狼クレアが、艦橋へと現れる。


「エルデ。貴方は、私がいただきました。というわけで……正体を明かしておきます」


 そう言って、クロは初めて、自らの“中身”を語った。


 自分が人ではないこと。目の前のバハムートこそが本体であること。そして、傍らにいる小さな狼――クレアもまた同じく、本体は別に存在し、今見ている姿は分身体であること。その本体が、目前のヨルハであること。


 事実だけが静かに積み重ねられていく。


「ということで、あなたには、私たちのサポート要員として働いてもらいます。給料は支払いますし、住む場所も……相談の上、用意しましょう」


「クロ様に感謝してください。それと、貴方は私の妹分ですよ」


 胸を張って姉ぶる声が、クレアの口から響く。が、エルデの耳にはまるで入ってこなかった。


「マジっすか……」


 あまりにも現実離れした話に、エルデの表情は“嬉しい”と“怖い”が混ざり合い、何とも言えない困惑でぐにゃりと歪んでいた。


 そして――クロの次の一言が、感情の振り子を“恐怖”にぐっと傾ける。


「今お話ししたことは、私の家族と、ごく一部の信用できる人にしか明かしていません」


 その視線が、まるで刃のようにエルデを刺す。


「貴方は、まだその“信用”を得ていません。なので――」


 一拍置いて、事務的かつ確定的に言い放たれた。


「呪いをかけます」


 その言葉に、エルデの喉がごくりと鳴る。クロの表情は変わらない。ただ、手順を確認するように、淡々と説明が続いた。


「死ぬほどではありませんが、全身を激痛が走ります。ショック死の保証はできませんが、話さなければ何も起きません」


 そう告げると、クロは一歩前に出て――両手の指先を、静かに切った。にじむ血が、艶やかな光を帯びて流れる。


「今から、首に触れます」


 そう前置きすると、クロは血の滲む手で、エルデの首元を“挟む”ようにそっと触れた。


 瞬間――熱いものが、喉元から染み込んでくる感覚。


「発動条件は簡単です。知らない人に喋ったときのみ、発動します。知っている人――すでに秘密を共有している相手なら問題ありません」


 そう言い終えると、クロは手を離した。熱が、するりと引いていく。


 驚いたように、エルデは傍らのガラスに映る自分の姿を確認する。血の跡はなかった――けれど、首筋には確かに、赤い“文字”のようなあざが浮かんでいた。


「あなたが信頼を得れば、いずれ解除します」


 クロの言葉が、それを“罰”ではなく“試験”だと告げていた。


「クロ様と、私の言うことを、しっかり聞くんですよ」


 いつの間にかクレアが、エルデの頭に乗っていた。前足をポンポンと地面をたたくように何度か頭頂部を叩きながら、どや顔で言う。


「いいですか。私は、クロ様の一番最初の家臣です。貴方は……二番目です」


 自慢げな声に、エルデが呆然と口を開く。まるで弟子入りの順番を競う小動物のようなやり取り――なのに、首にはしっかりと“呪いのあざ”が残っていた。

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