制裁の証と忠誠の刻印
クロはそれを含めて、心のなかでひとつ呟いた。
(……案外、良い拾い物をしたかもしれませんね)
そう思いつつ、視線を正面に戻す。
「この戦艦たち、ゴングでオート制御できますか?」
「知りません!」
即答だった。しかも、妙に元気よく。
「そこは……もっと静かに答えるところです」
わずかに目を細めながらも、クロは肩をすくめる。
「調べておいてください。その間に、私はお掃除を済ませてきます」
「わかりました、クロの姉御!」
「……その“姉御”呼び、禁止で」
苦笑まじりにそう返しながら、クロは艦橋から静かに宇宙空間へと出た。疑似コックピットに戻ると、バハムート本体がゆっくりと身を起こす。すぐさま、ゴングの艦橋へ通信が繋がった。
「エルデ。よく見ておいてください。これは――貴方が選ばなかった未来。選ぶかもしれなかった未来です」
そして次の瞬間、バハムートは旋回し、フォルツと海賊たちが押し込められた戦艦の方角へと体を向けた。
「――因果応報。その言葉を、よく覚えて逝ってください」
胸部中央、赤のラインが脈打ち始める。真紅の光がじわじわと漏れ出し、やがてその輝きは全身を包み込むように広がっていく。
燃えるような朱が宇宙を染めた。それは、ゴング艦橋の中にいるエルデでさえ、本能的に恐怖を感じるほどの“色”だった。
クロは、一歩も引かぬ姿勢のまま、静かに――けれど確かな意思を込めて、声を放った。
「バハムゥーーーーート……ブラスタァーーーーッ!!」
瞬間、戦艦を包み込んだ紅の光が収束し、炸裂する。砲撃の音すらない真空の中で、ただ、戦艦とその中身が――無言のまま、塵へと還った。
誰の声も、遺されたものもなかった。
宇宙に静寂が戻る中、クロは通信を繋ぎ直す。
「エルデ。貴方も、こうなりたくなければ――私についてきてください」
その言葉は、脅しでもなく、甘い誘いでもなかった。ただ一つの道を示す、淡々とした宣告だった。
一拍の沈黙。そして、艦橋の通信機から響いたのは、少し裏返った、しかしはっきりとした声だった。
『二度と! 邪道の道には行きませんから!!』
言葉の強さと反応の速さに、クロはごくわずかに頷いた。
その後、エルデはゴングの管制システムにアクセスし、オートで戦艦を操る方法を模索し始めた。その最中、宇宙空間から転移してきたクロと、豆柴サイズの狼クレアが、艦橋へと現れる。
「エルデ。貴方は、私がいただきました。というわけで……正体を明かしておきます」
そう言って、クロは初めて、自らの“中身”を語った。
自分が人ではないこと。目の前のバハムートこそが本体であること。そして、傍らにいる小さな狼――クレアもまた同じく、本体は別に存在し、今見ている姿は分身体であること。その本体が、目前のヨルハであること。
事実だけが静かに積み重ねられていく。
「ということで、あなたには、私たちのサポート要員として働いてもらいます。給料は支払いますし、住む場所も……相談の上、用意しましょう」
「クロ様に感謝してください。それと、貴方は私の妹分ですよ」
胸を張って姉ぶる声が、クレアの口から響く。が、エルデの耳にはまるで入ってこなかった。
「マジっすか……」
あまりにも現実離れした話に、エルデの表情は“嬉しい”と“怖い”が混ざり合い、何とも言えない困惑でぐにゃりと歪んでいた。
そして――クロの次の一言が、感情の振り子を“恐怖”にぐっと傾ける。
「今お話ししたことは、私の家族と、ごく一部の信用できる人にしか明かしていません」
その視線が、まるで刃のようにエルデを刺す。
「貴方は、まだその“信用”を得ていません。なので――」
一拍置いて、事務的かつ確定的に言い放たれた。
「呪いをかけます」
その言葉に、エルデの喉がごくりと鳴る。クロの表情は変わらない。ただ、手順を確認するように、淡々と説明が続いた。
「死ぬほどではありませんが、全身を激痛が走ります。ショック死の保証はできませんが、話さなければ何も起きません」
そう告げると、クロは一歩前に出て――両手の指先を、静かに切った。にじむ血が、艶やかな光を帯びて流れる。
「今から、首に触れます」
そう前置きすると、クロは血の滲む手で、エルデの首元を“挟む”ようにそっと触れた。
瞬間――熱いものが、喉元から染み込んでくる感覚。
「発動条件は簡単です。知らない人に喋ったときのみ、発動します。知っている人――すでに秘密を共有している相手なら問題ありません」
そう言い終えると、クロは手を離した。熱が、するりと引いていく。
驚いたように、エルデは傍らのガラスに映る自分の姿を確認する。血の跡はなかった――けれど、首筋には確かに、赤い“文字”のようなあざが浮かんでいた。
「あなたが信頼を得れば、いずれ解除します」
クロの言葉が、それを“罰”ではなく“試験”だと告げていた。
「クロ様と、私の言うことを、しっかり聞くんですよ」
いつの間にかクレアが、エルデの頭に乗っていた。前足をポンポンと地面をたたくように何度か頭頂部を叩きながら、どや顔で言う。
「いいですか。私は、クロ様の一番最初の家臣です。貴方は……二番目です」
自慢げな声に、エルデが呆然と口を開く。まるで弟子入りの順番を競う小動物のようなやり取り――なのに、首にはしっかりと“呪いのあざ”が残っていた。