狩りの開幕と“遅すぎた切り札”
誤字脱字修正しました。
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バハムートは目標地点を一直線に突き進んだ。そして、戦闘は唐突に始まる。距離を詰めた瞬間、戦艦の艦首から粒子砲の閃光が迸った。
「珍しいな。今回は向こうからの挨拶か」
「バハムート様、それは喜ぶ場面ではありません」
ヨルハが呆れを滲ませる傍らで、バハムートは直撃を受けても怯むことなく進撃を続けた。粒子砲に加えて、ビームとミサイルが次々に交錯し、戦域は火の粉で染まる。そして戦艦からは、どぎつい紫や毒々しい緑で塗られたフォルツ――海賊仕様の艦載機が次々と飛び立っていく。
やがて、砲撃がいち段落したところで、オープンチャンネルが不意に開かれた。
次の瞬間、耳障りな大声と笑いが宇宙にばら撒かれる。
『なんだあの機体――ツラだけ妙に整ってやがる。見せびらかし用か?』
『おいおい女のガキが出てきたぞ、まさかお遊戯かよ!』
『へっ、クソガキ一人で来るとは見上げた根性だなァ!今からミンチにしてやるよォ!』
『オンリーの隠し玉か? こっちは“格”で潰してやるよ』
下品で、救いようのない言葉の連打。それでも、バハムートはまるで何も聞いていないかのように姿勢を変えない。フォルツたちは罵声とともに編隊を組み、宙域に色彩の悪夢のような軌跡を描きながら、バハムートを包囲しはじめた。
「ヨルハ。予定通りに」
淡々とした命令とともに、バハムートの火線が解き放たれる。
ヨルハもまた、肩から静かに離脱し、狩りの空へと身を投じた。
その瞬間、チャンネルが切り替わり、宙域全体に少女の声が響き渡る。
「聞こえていますか。こちら、ハンターのクロです。暗殺は失敗しました」
落ち着いた声。その芯には、凍りつくような決意が宿っていた。
「これから、皆さんには――私の“お金”になってもらいます。どうぞ全力でお越しください」
静かに、けれど確実に届くような声音だった。
「まあ……砲撃で無傷な私に、傷一つでも付けられれば、の話ですけどね」
その一言が、確かな合図となった。
次の瞬間、バハムートの攻撃が始まる。宙域に躍り出たその姿は、すでに火線の中にあった。ビームが撃ち込まれ、ビームサーベルを振りかざすフォルツが斬りかかってくる。だが、バハムートは動じない。攻撃を受けながら、別空間から引き抜いたフレアソードをひと振り。
その一撃で、至近の数機が縦に断たれた。切断されたフォルツが煙と火花を散らし、悲鳴もなく爆ぜていく。
そして次の瞬間――バハムートの周囲に迫っていたフォルツたちが、逃れようと旋回した刹那、機体の一部が肘や肩に触れた。その瞬間、圧倒的な質量差に耐えきれず、骨格ごと内部から潰れるように爆発を起こす。
まるで、そこに「異物」が存在すること自体が許されていないかのようだった。
一方、ヨルハの側は、まさに“風が吹いた”かのような光景だった。咢を静かに開き、音もなく宙を駆ける。フォルツの腹部へと咬みつき、内部機構ごと食い破ると、なおも加速しながら回避に入った敵機の背面を鋭く爪で裂いた。裂傷を負った敵機が爆ぜる頃には、ヨルハの姿はすでに別の座標へと跳躍していた。
音も、声も、衝撃も――なかった。ただ、獲物だけが、次々と落ちていく。
――戦局は、最初からバハムートたちの手中にあった。
だが、それを知らなかったのは、海賊たちだった。そして今、この現実によって――ようやく、それを思い知る。
『おい、こいつはヤバい!! あれを使え!!』
『このままじゃ全滅だ! 早くしろ!』
混乱に満ちた声が、オープンチャンネルを震わせた。
すでにフォルツの半数は落とされ、残る者たちも恐怖に飲まれて動きが鈍っていた。誰も、真正面からあの“二体”に挑もうとはしていない。戦場に残された者たちが、最後の切り札に縋るように叫ぶ。
そして、戦艦が――変形を始める。艦首が割れ、内部からせり出した巨大な構造体が、鈍く唸りながら“腕”の形を成していく。両舷に設けられていたブロックユニットは砲塔を残したまま回転し、次第に肩部へと接続されていく。
艦橋は左右に展開し、露わとなった中枢には“頭部”のような構造が浮かび上がる。下部から押し出されるユニット群が連結し、腰回りの構造が形作られていく。それは確かに、艦全体を“人型”に近い戦闘兵装へと変貌させるものだった。
ただ――その動きは、あまりにも遅かった。
「…………マジでか~~」
目の前で展開される変形の工程に、思わず素の声が漏れる。
バハムートは無表情のまま、淡々と呟いた。
「これで戦うって……本気なのか?」
その声は抑揚なく、だが静かに宇宙に響いた。
なおも姿を変え続ける戦艦は、バハムートよりもさらに一回り以上大きい。だが、その変形の最中にも、周囲では海賊機が次々と倒れていく。
フレアソードに断たれ、ヨルハの爪に裂かれ、或いは――ただ近づいただけで質量に押し潰される。
その変形が終わるより早く、戦艦を除くすべてが――潰される運命にあった。そんな結末が、もはや確実に見えていた。