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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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バハムート、裁きを下す

 クロは無言のまま、静かに手をかざした。漆黒の光をまとったフレアが一筋、掌から虚空へと放たれる。光弾は一直線に走り、ウルフジャックの象徴――基地外壁に描かれた巨大なロゴマークへ直撃した。轟音と共に、狼の意匠は跡形もなく砕け散る。次の瞬間――基地全体が警戒態勢に突入した。


 警報がけたたましく鳴り響き、格納庫のシャッターが連続して開放される。内部から、鋭角な軍用機が次々と射出され、宇宙空間へと解き放たれていった。その数、十機。


「……やはり。登録されている戦力とは違うな。軍用機が10、恐らく構成員も倍近く……増えているか」


 クロは淡々と分析するが、表情に焦りの色はない。むしろ、それすら“予定の範囲”といわんばかりの落ち着きだった。だが次の瞬間――その声色がわずかに低くなる。


「……まあ、いい。――やるか」


 静かな呟きが虚空に溶けた、その刹那。空間がひずむ。歪みの中心から、あの“巨躯”が姿を現す。


 黒と紅の重厚な装甲、黄金に輝く双眸、静かに揺れる漆黒の双翼――それは、ただそこに現れただけで空気を変える“異形”。圧倒的な存在感。誰がどう見ても、常識を超えた“戦神”そのもの。


 もはや、この瞬間に――ウルフジャックの運命は、決まったも同然だった。


 クロは、本体に手を当て静かに目を閉じる。その巨躯――バハムートと、ゆっくりと“意識”を重ね合わせていく。胸元に光が走り、分身体は粒子のように溶けて本体へと吸い込まれていった。


 そして、金色の瞳が開かれる。その刹那、バハムートの巨躯がわずかに動き、前方を見据える。まるで宇宙そのものに焦点を合わせるかのように、どこまでも静かで、冷ややかだった。


 次の瞬間、周囲の通信チャンネルを強制的にオープンにする。


「こちら、ハンターのクロ・レッドライン」


 その声は機械を通さぬ肉声でありながら、全方向通信に乗って宇宙空間に響き渡った。凛とした少女の声。しかしその奥には、戦場を支配する“意思の圧”が潜んでいる。


「皆さんには――わたしの壊した壁の修理費になっていただきます」


 宣言は、あまりにも事務的で、あまりにも静かだった。


 一瞬、通信が切れたような沈黙のあと――


『なんだコイツ!? 頭湧いてんのか!?』


『ははっ、見ろよ! デカいだけのカカシじゃねえか!』


『バカじゃねぇの? ひとりで来たのかよ!』


『中身ねぇんだろ!? どーせ遠隔だ! ビビってんじゃねえのか!?』


 次々と叩きつけられる罵声と嘲笑。言葉の中身は幼稚で、内容は低俗。だが彼らは、まだ本当に“理解していなかった”。


 この時点で、もう“敗北していた”ということを。


 やがて、静かに返される一言――


「……言いたいことは、それで終わり?」


 その問いかけは、もはや“冷静”を通り越していた。圧倒的な余裕。そして、見下すような気配すら含んだ声に――通信の向こうで、怒声が怒鳴り声へと変わる。


『うるせぇぇぇぇっ!! やっちまえ!!』


『沈めろ!! ぶち込めぇぇ!!』


 怒り任せに飛び出す攻撃命令。次の瞬間――宇宙空間に、無数の火線が走った。


 だがクロは――動かなかった。


 その“動かなさ”こそが、すべての答えだった。


 一分。二分。


 刻一刻と時間だけが過ぎていく――だが、変わらないものがあった。


 バハムートは、ただ静かに腕を組んだまま、微動だにしない。その巨躯に、ミサイルが当たる。ビームが炸裂する。エネルギー弾が連続で直撃し、爆炎が何度も表面を焼いた。


 それでも――塵ひとつ、削れなかった。


『おい……どうなってんだ!? あれ、ホログラムか!?』


『いや! 当たってる! 命中マーカーはバリバリ反応してる!!』


『おかしいだろ! あんなデカブツ、外す方が難しいぞ!?』


『全部“直撃”してるんだよッ! 戦艦砲も、ミサイルも、全力だってのに……!』


 焦り混じりの無線が飛び交う。次第に混乱が恐怖に変わっていく。


『もう一度、艦砲をチャージ――』


『待て、冷却が間に合わねぇ! コンデンサが焼ける!』


 ――そして、その時。


「……もういいか?」


 バハムートの腕が、ゆっくりと解かれる。無重力の宇宙にて、その所作はまるで“時の支配者”のような静謐さを帯びていた。


 そして――“声”が、再びウルフジャックの全艦艇に響き渡る。


 低く、しかし凍てつくほどに冷たい声。


「……最後の“悪あがき”は、終わった?」


 ただの挑発ではなかった。それは、“宣告”だった。


 その声に込められていたのは、希望の否定。今まさに、自らの命運が断たれる瞬間を理解してしまった者にしか味わえない、“確信”だった。


 攻撃が通じていなかったのではない。そもそも、届いてすらいなかった。


 それを理解した時――すでに勝負は、終わっていた。


「……ならば、“慈悲”をあげる。苦しむ間もなく――終われ」


 右腕が、ゆるりと持ち上がる。その掌に、漆黒の球体が生まれる。


 光を吸い込むかのように不気味に揺らめくそれは、音もなく存在する“虚無”。


「――《フレア》」


 短く、静かに。クロが名を告げた瞬間、球体はゆっくりと前方へと放たれた。


 速度は遅い。まるで嘲笑うかのように、のろのろと、敵陣に向かって進んでいく。


『なにが“慈悲”だよ……あんなノロマ、当たるわけ――』


 そう口にした者の言葉が、途中でぷつりと消える。


 次の瞬間――“それ”は、爆ぜた。


 全方位に、静かに、しかし“確定した死”のような速度で広がる漆黒の衝撃波。


 熱でもなく、爆風でもなく。そこにあったのは、“存在を消し去る”力だった。


 戦艦が、一瞬でその質量ごと“消えた”。軍用機が、音もなく“灰”と化した。基地そのものが、塵すら残さず“存在を断たれた”。


 爆炎もなければ、破片もない。


 ただ――無音のまま、虚無がすべてを呑み込んだ。


 攻撃を受けた、という感覚すらなく。


 その場に存在していたものすべてが、まるで最初から“無かった”かのように世界から消え去った。


 そして、何も残らなかった。


 黒き巨躯――バハムートが、静かに佇むその場所以外は。


「……終わり、だ」


 クロの声が、無重力に虚ろに響く。もはや感情のない独白のように。彼女にとっては“ただの掃除”に過ぎなかった。


 そして、ひとつの問いが口をつく。


「……このまま狩りを続けるか。一度、帰るか――」


 金色の瞳が、何もない宇宙の彼方を見据える。その視線の先にいる、次の“獲物”を探すかのように――

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