変形戦艦と“張り子の虎”
表現が二重になっておりました。
修正しました。
ご報告ありがとうございました。
クロは少しだけ息を整え、次の段階へと話を進める。
「とりあえず今、優先すべきは――“八指ミミック海賊団”の脅威を排除することですね。トバラさん、捕らえた方から拠点の位置などは聞き出せましたか?」
トバラは静かに頷き、携えていた端末を開いて空中に映像を投影する。
「はい。帝国の国境付近、不干渉地帯の中に潜伏しているようですな。……どうやら、“吉報待ち”という状況だったようで」
投影されたマップ上には、小規模な艦隊の展開位置が示されていた。
「現在確認できている戦力は、巡洋艦級が十隻。搭載機を含めれば、作戦行動可能な規模と言えます」
続けて、艦影のデータが表示されると、クロはそれを見つめながら呟く。
「……思ったよりも少数ですね。海賊としては手堅い編成かもしれませんが、こちらとしては排除が容易な部類です」
トバラは口元を僅かに緩めた。
「ええ。協力的でしてな。端末も素直に渡してくれましたし、中身のデータも開示されております」
言いながら、彼の瞳にだけ、かすかに冷たい影が揺れる。
クロは苦笑を浮かべつつ、表示されたデータの一部――賞金情報へ視線を移す。
「すごいですね。ぜひとも“お話の仕方”を教えてほしいくらいです」
「恐縮です。……執事のたしなみ程度でして。お教えするほどの技ではございません」
トバラは涼しい顔のまま、さらりと受け流した。
そのまま、投影データは敵艦に搭載された機体の情報へと切り替わる。
「機体は主に、フォトン社製“フォルツ”の改造機ですな。現行量産モデルを独自に塗装・魔改造しているようで――ええ、非常に……痛々しいデザインです」
トバラはいつも通りの落ち着いた口調のまま、苦々しげに口元を歪める。
映し出された映像には、艶やかな二色塗装の機体群。赤紫と黄緑、オレンジと黒、派手な組み合わせばかりで、武装にさえ奇抜な模様が描かれていた。左肩には、タコを模した紋章が大きく輝いている。
「まさに“海賊”という言葉を体現したような外装ですが――正直、美的感覚を疑いたくなりますな。恥ずかしいというか……中二病の延長というか……」
その冷ややかな評に、オンリーは思わず微笑みながら映像を見つめる。
「美しくはないけれど……海賊らしいと言えば、らしいわね」
トバラの表情には、どこか気恥ずかしさが混じっていた。
クロは小さく肩をすくめながら問う。
「でも、それでも戦力にはなるんですよね?」
「一応は、なりますな。こちらが本気を出せば問題にはなりませんが――ただ、厄介な事実もひとつ判明しております」
トバラが操作を切り替えると、画面に一隻の戦艦が浮かび上がる。他と違い、明らかに異質なシルエットだった。
「この艦ですが――敵の“秘密兵器”であることが判明しております」
「秘密兵器?」
クロが首をかしげると、次の瞬間、映像内の艦が変形を開始する。
艦首が開き、内部から巨大な“腕”が出現。両舷のブロックは砲塔を残したまま肩部へと変形し、艦橋部分が展開すると、まるで“頭部”のような構造を露わにする。
脚部は存在しない。だが、腰回りまでの構造がはっきりと形成され――その姿は、まさに異形とも言えるフォルムだった。
トバラは苦々しく口を開く。
「全長のわりに推力が異常に高い。戦艦でありながら格闘性能を持たせており――明らかに“対拠点兵器戦”を想定している構造ですな」
オンリーの表情から笑みが消える。
「つまり……オンリーワンを相手にするために、用意されたってことね」
オンリーが静かに呟くと、部屋の空気がわずかに緊張を帯びた。
だがその空気を、ふと顔を上げたノーブルの言葉が断ち切る。
「……うむ。整理はついた。オンリー、トバラ、心配することはないわ。あれは――脆い」
まるで答えを知っていたかのように断言する声に、オンリーが不思議そうに眉をひそめる。
「どうして? 見た目はかなり強そうに見えるけれど」
ノーブルは手元の端末を操作し、変形後の艦体映像を拡大する。その指先は、艦の関節部――巨大な腕を接続する露出したジョイントを指していた。
「見て。この接合構造、あきらかに無理がある。推進ユニットや砲塔の配置も不自然。変形はできるけれど、可動は制限されている」
クロが画面を覗き込みながら、ぽつりと漏らす。
「やはり……見た目だけでは判断できないんですね」
ノーブルは頷きつつ、説明を続ける。
「技術的には、戦艦に格闘性能を付与しようという発想。でも、現時点の設計レベルでは破綻してる。特に、“動かせない腕”が致命的」
映像内の戦艦は、確かに腕を構えてはいるものの、その関節部分はむき出しで、装甲の隙間すら目立っていた。艦首から展開された関節機構は、あまりにも重量を無視して接続されており、戦闘機動に入った瞬間に破損しかねない脆弱さを孕んでいる。
「実際、これに似た構想は以前クォンタム社でも検討されていたの。でも結論は同じ。“成立しない”のよ。推進バランス、回避能力、維持性――どれを取っても実戦には耐えられない」
クロが少し目を細めた。
「……つまり、変形はできる。でも“意味のある変形”じゃない、と」
「ええ。重心は崩れるし、砲台は死角が増える。しかも、艦としての防御力も下がる。結果的に、ただの的になるのよ。威圧感だけはあるけれど」
その最後の一言に、部屋の空気がほんの少し緩む。
「見た目の派手さだけで中身が伴っていないのは、よくある話ですけど……これは、典型的な“張り子の虎”ね」
ノーブルはそう静かに言い切った。語調に冷ややかさはなかった。そこにあったのは、数多の設計と実戦の現場を知る者としての――確信と経験に裏打ちされた冷静な分析だった。
それを聞いたオンリーは、わずかに苦笑を浮かべ、ふうっとため息を吐いた。
「私としたら、見た目に囚われてしまったみたい。派手で異様だったから、つい……脅威と錯覚してしまったわ」
その素直な言葉に、ノーブルはすぐさま首を横に振る。
「それは仕方ないわよ。知らなければ、当然そう見える。むしろ、“あれが脅威に見える”ように設計した者の狙い通りなのよ」
ノーブルは腕を組み直しながら、やや表情を引き締める。そこで一拍置いた後、ノーブルの眉がわずかに寄る。
「ただ……気になるのは、“どこで”あんなものを造ったか、なのよね」
目線は再び変形戦艦の映像へと向けられる。その艦の異形さ、存在そのものが、背後にある“何か”の気配を感じさせていた。