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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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狙われた理由

「前にいた星で……私を倒すためのダンジョンを作っていまして。その時、挑む者たちへの装備のひとつでした。宝箱に入れていたものです」


 クロが指輪をテーブルへそっと置く。まるで過去の記憶を慎重に扱うような手つきだった。


「倒す……? 勇者とか、そういうやつなの?」


 ノーブルが半ば呆れたように眉を上げて問い返す。クロはわずかに肩をすくめ、静かに頷いた。


「はい。アヤコさんたちにも少し話しましたが……そういう世界だったんです。戦う者たちがいて、挑む者がいて。私は“乗り越えるべき存在”として、神として扱われていました。……これは、その過程で必要となる“休憩”のための装備です」


 言葉を選ぶような口調だったが、その声音にはどこか遠いものを思い出すような静けさがあった。


「へえ……それで、効果は?」


「休めない場所で、休むための道具です。装着している間、外部からの攻撃や侵入は完全に遮断されます」


「……無敵じゃないか!!」


 ノーブルの声が跳ねた。驚きと、どこか羨望にも似た響きが混ざっている。


 だが、クロは静かに首を振った。


「完全ではありません。制限がふたつあります。一つは――装着中は、その場所から離れてはいけません。数歩動くと防御が崩れます。そしてもう一つは……」


 一拍置いて、クロは視線を落とす。


「生命力の消耗です。かなりの負荷がかかります。他の人が安全に眠っていても、装備者だけは――深い疲労と戦いながら、守り続けなければならないんです」


 沈黙が落ちる。ノーブルは言葉を失ったまま、クロの顔を見つめていた。


「要するに――皆を守るために、誰かが“代わりに消耗する”道具ということですね」


 言葉の終わりに、クロは淡く笑ってみせた。どこか寂しげで、それでもどこか誇らしさの滲んだ笑みだった。


 その説明を聞き終え、オンリーがふっと息を吐く。


「……美しいわね」


「え……?」


「“守るために疲れる”っていう、その設計思想が。誰かのために、自分を削るという在り方――それ自体が、すごく美しいわ」


 オンリーの声は淡々としていたが、その瞳には確かな敬意が宿っていた。


 クロは、それを受け止めるように、ほんのわずかに微笑んだ。


「……ええ。メリットだけじゃ、道具とは言えません。デメリットもあって初めて、意味を持つと思っていました。でなければ、試練にもならないし、実力もつきませんから」


 クロはそう言うと、指輪を掴み別空間に仕舞いこむ。


 初めて見た二人は、何の力か、どんな仕組みかもわからない。ただ、その行為に、オンリーとノーブルは思わず目を見開いた。


 けれど、次の瞬間にはその驚きを心の奥へと沈め、二人は改めてクロの言葉に耳を傾ける。


 ちょうどそのとき、ドアが音もなく開き、トバラが湯気の立つティーセットを運んできた。


 足音も立てず、自然な所作で三人の前にそれぞれカップを置くと、一礼しようとする。


 だが、クロが先に口を開いた。


「トバラさん。……狙撃手は、捕まえましたか?」


 その問いに、トバラは優しく微笑むと、静かに頷いた。


「ええ。全員、拘束済みです。ご安心ください。クロ様には、オンリー様とノーブル様をお守りいただき、誠にありがとうございます」


「……気にしないでください」


 クロはそう言いながら、ティーカップを手に取り、ほんの一口――静かに口をつけた。


 温かさが喉を滑っていく感覚とともに、微かに安堵が胸に広がる。


「むしろ……昨日の自分の行動のせいじゃないかって思ってたので。こうして何も起きなかっただけで、少し救われた気分です」


 クロがそう口にすると、カップを手にしたノーブルが、ひとつ息をついて口を開いた。


「昨日、何をしたんだ? 私が渡した情報でクロが動いたのは分かってる。バハムートが現れ、国境沿いの艦隊が跡形もなく消えたって報告も入ってたわ」


 問いかける声は柔らかいが、そこには探るような視線が宿っていた。


 クロは表情を崩さず、淡々と答える。


「……少し、私の逆鱗に触れまして。オンリーワンを狙うために“私の偽物”を用意してきたんです。それで、家族や仲間に被害が出るかもしれないと思ったら……我慢できませんでした」


 その言葉に、ノーブルの眉が僅かに寄る。


「フロティアン軍は、そこまでしてこの場所を手に入れたいというわけか……にしては、随分と手口がずさんね」


「そこは私の知るところではありません。でも――戦力はかなりのものでしたよ。まあ、弱かったですけど」


 淡々と返すクロに、オンリーが微笑を浮かべたまま応じる。


「ふふ……クロちゃんと比べたら、ね」


 そう言って一拍置き、オンリーは姿勢を正して向き直る。


「ありがとう、クロちゃん。おかげでオンリーワンは守られたわ。主として、心から感謝する」


「いえ。本当に、気にしないでください。――それよりも、今大事なのは今回の“狙われた理由”です」


 クロの声は静かだったが、その奥には、確かな意思がこもっていた。

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