美の凱旋
パレードが始まった。
白く巨大なフロートが、豪奢な装飾を施されたエアカーに引かれ、フリーマーケットの中心――商店の通りをゆっくりと進んでいく。周囲を囲むのは華やかな衣装をまとったダンサーたち。優雅でしなやかな舞いが進行とともに繰り広げられ、空には何十ものドローンが飛び交い、リアルタイムで映像を配信しながら、造花の花弁をまき散らし、ホログラムによる幻想的な演出を添えていた。
だが、そのすべての演出を凌駕する存在が、フロートの中心に立っていた。
ブラウンの長い髪は精緻に結い上げられ、その頂に輝くティアラが、ひときわ強く光を放つ。肩から胸元にかけては大胆に露出しており、陶磁器のように白く滑らかな肌は、どこか儚げで、それでいて威圧的なほどの存在感を放っていた。胸の膨らみは無いはずなのに――見る者の錯覚を誘うほど、完璧に設計されたラインがそこにはあった。
白のドレスは、上下が分かれたセパレート仕様。ウエストのくびれを強調し、露出した腹部には、鍛え上げられた筋肉が美しい陰影を描いていた。決してゴツくない。研ぎ澄まされたようなその輪郭は、まるで芸術品のようで、ただ“男性的”とも“女性的”とも呼べない、唯一無二の造形だった。
ドレスの下半身は、大きく咲くように裾が広がり、花弁のように重ねられたチュールが軽やかに揺れる。それはまるで、オンリーという存在を支える花園のようであり、フロートそのものが彼の舞台となっていた。
光を受けて煌めく髪とティアラ。磨き抜かれた肌、彫刻のように整えられた身体。あまりにも美しく、あまりにも完成されていた。
それは“男装の麗人”でも、“女装の美”でもない。
オンリーという、唯一無二の存在が、ただそこに立っていた。
その姿を目にした瞬間、通りを埋め尽くす群衆のあちこちから、かすかな息を呑む音が漏れた。
ざわめきは一瞬だけ凍りつき、拍手のタイミングすら忘れた者たちは、ただただ見上げるようにしてフロートを仰ぐ。
前列の子供が母親の袖を引き、「あれ、だれ……?」と囁く声すら、まるで聖域に触れたように掠れていた。
やがて最前列の兵士風の男が、無意識に敬礼の姿勢を取った。その手の動きはゆっくりで、しかし迷いなく、祈るように額へ添えられる。
観客たちは思い出したように歓声をあげたが、それは単なる喝采ではなかった。
――崇拝。あるいは、畏怖。
オンリーの立つその場所は、もはや“舞台”ではなかった。
それは、世界の中心だった。
そして、見る者すべてに、否応なく問いが突きつけられる。
――美しさとは何か。
――男とは、女とは、そして“私”とは。
そのすべてが混ざり合い、昇華されたこの姿は、ただの装飾ではない。それは“答え”ではなく、“挑戦”だった。
問うのではなく、突きつける。
美という名の剣で――見る者の心に、正面から斬り込んでくる。
オンリーの顔は、完璧に施されたメイクにより、男の鋭さと女の艶やかさを共に宿していた。そこからこぼれる笑みは、柔らかく、それでいて凛とした気迫を帯びる。
それはまさに、“笑顔という鎧”。
視線を交わした瞬間、誰もが自らの“剣”を手放す。
美しさとは、時に武器であり、覚悟であり、誇りであり、そして――唯一の存在である“私”とは何かを示す、戦場に立つ者の証明だった。
オンリーという存在が、それを体現していた。
そして――そのオンリーを、より一層引き立てる“二輪の花”が、彼女の左右に咲いていた。
黒き花、クロ。
紅き花、ノーブル。
ふたりとも確かに美しい。だが、たとえ意識しなくとも、視界の端はいつしか中央へと引き寄せられる。
フロートの上で人々の視線を奪っていたのは、紛れもなくオンリーだった。
その圧倒的な存在感の前では、他の美はただ“背景”にされてしまう。ノーブルは小さく息を吐き、口の端を引きつらせながら呟く。
「……だから嫌なんだよ。目立たないのは助かるけど、女としての“美しさ”でここまで完敗を突きつけられると、な……」
頭を垂れたい気分だったが、人目がある以上、それも許されない。ノーブルは笑顔を作りながら、ゆっくりと手を振る。けれどその内心は、かなりの負荷に晒されていた。
「……この手を振るって動作、地味に疲れるんだよな。思った以上に、笑いながらってのがつらい」
その小さなぼやきは、すぐ横にいたクロの耳にも届いていた。
「わかります……。でもノーブルさんは、皇族じゃないですか。私はただの……いちハンターですよ? なんでこんなことに巻き込まれてるのか、未だに実感がなくて……」
クロの声は小さいながらも、どこか切実だった。するとノーブルが苦笑交じりに返す。
「いやいや、クロは“ただの一般人”じゃないだろ。一応、前にも言ったけど、おまえは一応だが皇族の系譜に連なってる身なんだからな。それに――以前いた星でバハムート様として崇められてたって、ちゃんと説明してくれただろ」
ノーブルの言葉に、クロは小さく頷いた。
「……それは、はい。でも……誰も拝みに来ませんでしたし、挑みにも来ませんでした」
ぽつりと零れたその声には、どこか空虚な響きがあった。
自嘲にも似た諦め。それでも心の奥に、ほんのわずかに残る“期待”があったからこそ――その落差が、静かな棘となって滲み出る。
眉をわずかにひそめたクロの横顔に、ノーブルはちらりと目を向けるが、言葉は続けなかった。
すると、その様子が耳に入ったのか――オンリーが軽やかな声を投げた。
「ふたりとも。おしゃべりは、そこまでにしておきましょう?」
ふわりと微笑みながら、オンリーが一歩、フロートの前方へと進み出た。
群衆の歓声が響くなか、彼女はゆっくりと手を広げる。そして――誇り高く、静かに告げた。
「見て頂戴。これが私の“作り上げた美”――そして、ここに集う全員の“居場所”よ」
その声は、遠くの観客にまで届くほど澄みわたり、ただの演出ではない、“思想”と“信念”の芯を持っていた。
「美しさに意味があるとするなら、それは誇りを背負うための形。 私は、ここで――自分を飾り、守り、そして貫いてみせる」
その言葉は、歓声をも一瞬だけ飲み込んだ。
フロートの上、きらめきと喧騒に包まれながらも、中心にいたオンリーの声だけが――確かに、世界に届いていた。