少女、作品となる
ドレスは、まさにメイドたちの“渾身の一着”だった。
花のようにふわりと広がるスカートは、膝上ぎりぎりで軽やかに舞うシルエット。素材には微細な繊維が織り込まれ、動きに合わせてわずかに光を返す。黒――けれど、ただの黒ではない。クロの髪と同じ色でありながら、深い夜のような艶と奥行きを持ち、舞うたびにその質感を変える。
背中にはリボンのような装飾が添えられ、胸元から腰にかけては流れるような曲線を意識したシンプルな縫製。主張しすぎないその構造が、かえって“仕立ての良さ”を浮かび上がらせる。少女らしさと気品が共存する、まさに“クロのためだけ”に選ばれた装いだった。
髪は丁寧にすかれ、光沢のある艶やかなストレートへと整えられていた。見る角度によってわずかに輝きを変え、その一束一束が空気に溶けるように自然で、けれども計算し尽くされた仕上がり。肌は細やかに手入れされ、白磁のような滑らかさをまとっている。
ただ着せるのではない。最高の一枚を、最高の舞台で映えさせるための造形と演出。そのすべてがこの衣装に込められていた。
このドレスに身を包んだクロは、もはや“ハンター”ではなかった。ひとりの美しく整えられた少女――どこに出しても恥ずかしくない、オンリーの“社交活動”における完璧な“引き立て役”であり、そして必要とあらば街を守る“護衛”にもなり得る存在。
だが、本人の心中は複雑そのものだった。
それも当然と言えば当然だった。
メイドたちは迷いも容赦もなく、クロを“作品”として磨き上げにかかる。ドレスの準備に入る前――彼女たちはクロを完全に“素体”へと戻すべく、手際よく服を脱がせ、洗体室へと連れ込み、その身をくまなく清めていった。
抵抗の声も、羞恥の叫びも、彼女たちの耳には届かない。というより、そもそも“聞いていない”。
全身を覆う泡と手の感触に、クロは何度も身をよじった。だが、それすらも“洗浄の過程”として処理されてしまう。まるで繊細な磁器を磨くように、丁寧に、しかし容赦なく肌を洗い上げられ、髪は入念にトリートメントされながら一本一本が整えられ、爪の先にまで磨きが入る。
極めつけは――下着だった。
棚から選び抜かれたそれは、完全に“視線に見えない”ことを前提とした、最上級の装飾下着。肌触りも、素材も、装飾も、どれを取っても完璧。だが、クロにしてみれば、羞恥の極みだった。
「いや、下着なんて見えないですよね!!」
とうとう我慢できずに声を上げるクロ。
しかし、すぐさま返ってきたのは、メイドのひとりが誇り高く胸を張って放ったひと言だった。
「何をおっしゃいますか! 一番大事です!」
他のメイドたちもこくこくと頷いている。
「“見えない部分”こそ、最も丁寧に仕上げる。それが仕立ての流儀です」
「いつ誰に見られても恥ずかしくない状態に整える――それが、メイドの誇りでございます!」
その熱量に、クロは絶句した。
否――正確には、羞恥と気圧されすぎて、もはや言葉が出なかった。
まるで戦場に立たされたような緊張感。しかも相手は全員、笑顔のままで襲いかかってくる。
命令ではない。強制でもない。
けれど――逃げ場など、最初から存在しなかった。
そしてついに――“作品”は、完成を迎えた。
クロの姿は、もはやいつもの彼女とはまるで別人だった。
膝上でふんわりと広がる黒のドレスは、花が咲くような立体構造を持ち、光の加減で揺れるごとに艶が変わる。肩から背中にかけては控えめに開かれ、肌の白さが際立っている。
髪は丁寧にすかれ、光沢のあるストレートへと整えられていた。ふと動くだけで柔らかな光を撥ね返し、まるで絹糸が揺れているかのようだった。
肌も、まるで違った。
微かな光沢すら宿し、指が触れれば吸いつくような滑らかさ――どこを取っても、“磨かれた逸品”としか言いようがない。
そして、これで終わり――ではなかった。
最後の工程、“仕上げ”が残っていた。
「……まさか、これ以上何を……?」
クロが恐る恐る問うと、メイドたちは一糸乱れぬ動作で振り向き、優雅に一礼しながら整列した。
「最後に――お顔を、整えさせていただきます」
そう、メイクだった。
「いえ、仮面でもつけてればいいです! 素顔で十分ですから!」
クロは一歩、後ずさった。
だが、メイド長らしき女性が静かに微笑みながら言った。
「まさしく“メイク”とは、仮面でございます。真の美しさに、仕上げの輝きを与えるための……最後の魔法」
「魂にまで輪郭を与えるのです」
「いやいや、魔法とかいらないですから!」
「動かぬよう、お願いいたします」
すでに動く余地はなかった。
クロの両脇をすでに二人のメイドが固め、三人目がブラシを手に静かに歩み寄る。指先は絹のように柔らかく、だがその動きはまるで彫刻家のごとく、顔の輪郭をなぞっていく。
「目元、整えます」
「唇、血色を少々」
「頬に、桃色の輝きを……」
“おめかし”という言葉では足りなかった。これは――完全なる“造形”だった。
ただ着飾るのではない。素材を、作品へと昇華するための仕上げ。美しさと気品、可憐さと格調。そのすべてを備えた“幼き令嬢”として――クロは着実に、“別物”へと作り上げられていく。
頬には自然な血色、まつげの一本に至るまで繊細に整えられ、光を反射するその肌には、白磁のような滑らかさが宿っていた。
そして――鏡に映る姿に、クロはふと、胸の奥で戸惑う。
一瞬、自分がどこかへ置いてきた気がする。そんな錯覚を覚えるほどに、そこにいるのは“クロ”ではなかった。
――この瞬間、彼女は“素材”ではなく、“作品”だった。