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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
238/487

崩壊した正義と、酒に沈む神

 その頃、フロティアン軍最高司令部。豪奢に装飾された一室の中で、ひとりの男の怒りと恐怖が爆発していた。


 ――ディク・バオウル大大将。


 軍を束ねる最高責任者である彼の手には、つい先ほど届いた報告書が握られている。拳を強く握りしめすぎて、皮膚が裂け、血が滲んだ。


 報告の冒頭に記されていたのは、こうだった。


『第七艦隊が消失。軍全体の3割にあたる戦力を喪失。再び元の戦力水準に戻すには、およそ10年を要する見込み』


 その一文を読んだ瞬間、バオウルの怒りが沸点を超えた。拳に込めた力で皮膚が裂け、血がにじむのにも気づかない。


『模擬兵装体バハムート一基、主力戦艦15隻、重巡洋艦20隻、汎用型巡洋艦30隻、哨戒艦90隻、艦載戦闘機1500機、起動兵器380基、支援ドローン母艦4隻、要員総数:約2万7000名――継続確認中』


 戦力の数字が列挙されるたび、頭の中が赤黒く染まっていく。それは、国家の背骨をへし折るに等しい損失だった。


 だが――次の一文を目にした瞬間、その怒りは音もなく凍りつく。


『第七艦隊の消失原因は、“バハムートの出現”によるものと推定』


 思考が止まり、呼吸が浅くなる。ただ、それだけの言葉で、すべてを理解してしまった。否、理解できてしまったがゆえに、恐怖が骨の奥にまで染み込んでくる。


 たった一文。それだけで、第七艦隊が――いや、あの宙域そのものが、無に還ったことが分かる。


 ひとつの名前が、報告書の行間を支配していた。それだけで、艦隊すべてが、抵抗すら許されずに消し飛んだという現実が、容赦なくのしかかってくる。


「……何たる失態。何たる悪夢……!」


 呻くような叫びが、広間に響いた。今まで積み上げてきた計画が、脳裏で崩れていく。


 年単位で描いた戦略。莫大な資金を投じ、裏取引のために築き上げた組織網。選りすぐった人材で構成された、第七艦隊――最強の戦力。


 オンリーワンを手中に収めるはずだった。その先にある、かつてない規模の軍事技術。得られるはずだった地位。帝国への影響力。新たな惑星への侵攻と支配。


 壮大な野望が、ほんの数週間のうちに、音もなく瓦解した。


「なぜだ……。何故だ……!」


 声が震える。


 怒りとも悔しさともつかぬ感情が胸を満たし、言葉にならぬ咆哮が喉の奥を焼いた。


 そのとき、不意に通信が接続され、部屋の中央にモニターが投影される。映し出されたのは、無表情のままこちらを見下ろす男の姿だった。


『お気の毒様ですね』


 その冷たく抑揚のない声に、バオウルの血管が逆流した。


『バハムート……なぜ現れたのか、気になりますね』


 涼しげな口調。まるで、他人事だと言わんばかりだ。


 瞬間、怒りが爆ぜる。


「貴様に言えたことかッ!! 貴様の計画も、同時に消し飛んだのだぞ!!」


 そのまま近くの椅子を掴むと、投影された赤い髪の男の映像に向かって全力で投げつける。椅子は映像をすり抜け、背後の壁に激突し、無惨に砕け散った。


『……分かっていますよ。私にも今、影が迫りつつあります。まあ、その前に尻尾は切りましたので、問題はありませんが』


 男は気にも留めず、淡々と続けた。


『こうなれば、私も帝国内での動きを強めざるを得ませんね』


 肩で荒く息を吐きながら、バオウルは血に染まった指をまっすぐ画面に突きつけた。


「バカか……! 今動けば、我々の“真の目的”が、今度こそ完全に消し飛ぶぞ!」


 だが男は、まるでそれすら想定内だと言わんばかりに微動だにしない。


『今回は、いわば事故です。誰があの場に、バハムートが現れると予想できました? できなかったからこそ、私は動きを強めるんです。運が悪かった――で終わらせない。だからこそ、次はしっかりと準備して、目的を遂行する。……お分かりですね?』


 演技がかった抑揚を込めながら、男は笑みすら浮かべた。バオウルはわずかに目を伏せ、呼吸を整える。


「……分かっている。こちらは全力で支援する。もちろん、貴様にも我々への支援を求める」


『もちろんです。我々は一蓮托生。どちらかが潰れれば、もう片方も沈む。それだけは、絶対に避けなければならない』


 男の口元がわずかに引き締まった。


『バハムート――あれは危険すぎる。だが、確実に倒せる“当て”があります。それを動かすつもりです。同じ轍を踏まぬように』


「……私にも、当てはある。そいつらを何としても集めなければならん」


 二人の陰謀は、別々の場所で――だが、同じ破滅の予感を孕んだまま、静かに動き出していた。


 ……だが、現実はいつも想像よりも滑稽で、そして残酷だった。


 バハムートの分身体であるクロは、その思惑など知るよしもなく――すでに、倒れていた。


「くろ〜、おさけよわいね〜〜」


「だらしないな〜。おねいさんが、もっとのませてあげる〜」


 完全に酔っぱらったアヤコとウェンが、クロを挟んで上機嫌に笑っていた。


 差し出されたグラスは次々と空き、クロは見る見るうちにソファへと沈み込んでいく。


 視界は歪み、瞼が重く、顔も上げられない。


「……かんべんして……」


 か細く呟いたそのひと言を最後に、クロはテーブルに額を預け、そのまま眠りに落ちた。


 すぐ隣では、クレアもまた静かにうずくまっている。盃に口をつけた直後、ぴたりと動かなくなった。たったひとなめ――それだけで、完全に沈黙していた。


 部屋の隅では、シゲルとノアがふたり、黙ってその光景を見つめている。


「……もう、あいつらに酒は飲ません」


 シゲルは呟くと、ため息まじりにビールをひと口あおった。


「ウェンって……あんな風に酔うんだ……」


 唐揚げを口に運びながら、ノアもぼそりと呟く。


「……お酒、やめておこうかな」


 二人は、テーブルに顔を埋めたクロを見守るようにして、再び黙り込んだ。


 倒せる存在――それはもう、すでにここにいたのだった。

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― 新着の感想 ―
元帥じゃないあたりは何なんだろうか? それはそうとまぁあれよね。古来から超越存在は酔い潰されて盗まれたり倒されたりするものよねw
大大将ってなんつうか、馬鹿みたいな名称だよな?
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