死を告げるもの
フロティアン軍第七艦隊――その旗艦のブリッジ中央。司令席に立つクリフィス中将は、目の前の投影ホログラムに映された模擬兵装体バハムートを背に、全艦へ向けて堂々と声を張り上げた。
「――我々は今、歴史の岐路に立っている!」
その声音は力強く、艦内の通信網を通じてすべての将兵の耳へと届く。
「帝国の影が迫るこの時。我が国の未来を守るため、我々は動かねばならん!」
演説は着実に熱を帯びていく。掲げる拳が、全将兵の緊張と期待を束ねるように高く掲げられた。
「戦力! そして技術! それらを手に入れなければ、我がフロティアンの未来はない。ゆえに我々は、愚かな裏切り者どもから正当に“回収”するまで!」
視線が鋭く前方を貫く。その向こうにあるのは、標的――小惑星オンリーワン。
「今、あの小惑星にて売国の徒が、帝国に媚を売り、我が国の名誉を踏みにじろうとしている!」
軍服の胸を叩きながら、クリフィスは続ける。
「我々はそれを許さない。我らの誇りを、その手で取り戻す!」
ブリッジは喝采に包まれ、規律と高揚が入り混じった一体感が艦内を満たしていく――
――だが。
本当のところ、オンリーワンはただの交易拠点であり、商人と技術者が集う中立地帯に過ぎない。軍事機密も、兵器工場も、反乱分子もいない。取引の大半は生活資源と民間技術であり、誰ひとりとして“帝国に加担”などしてはいなかった。
それでも構わないのだ。“我々が正義である”と信じている限り、事実など取るに足らない。
目的は明白――略奪。
小惑星の所有資源、研究設備、人材、そのすべてを“合法的に接収”するための口実。もはやその姿は、海賊と何ひとつ変わらない。違いがあるとすれば、やり方と名目だけだ。
だが、その真実に気づく者はいない。いや――気づこうとすらしない。
なぜなら、フロティアン軍は絶対的正義の象徴。そして、オンリーワンは“国を売る反逆者の巣窟”。
彼らにとっては、それがすべてだった。
自らの利権と傲慢で塗り固めた“正義”を掲げながら、その偽りの炎で鼓舞するように、クリフィス中将の演説が全艦へと響き渡っていた。
「――模擬兵装体バハムート、はっし……ッ――」
その最後の一言が、言い終わることはなかった。
次の瞬間、遠方から放たれた“何か”が、宙を裂く光の線を描いた。
光速の数倍にも及ぶ高エネルギー粒子の奔流。観測も警報も間に合わない、一条の“死”。
演説の象徴としてホログラムに映されていた模擬バハムートが――一瞬にして、跡形もなく塵と化した。
装甲も骨格も、精密な擬装も、すべてが意味を持たないままに。
沈黙が、艦内を包んだ。
あまりに突然の出来事。誰一人として、何が起きたのか理解できなかった。
崩壊したのは模擬体だけではない。あの演説と、それを信じて疑わなかった全艦の“正義”もまた、たった一撃で消し飛ばされたのだ。
「中将! 緊急事態です!」
観測席の前で、若い士官が立ち上がる。顔面は蒼白。震える声は、もはや叫びに近かった。
「このままでは――艦隊全体が消し飛びます! すぐに逃げないと!」
クリフィスは、口を開けたまま沈黙していた。
直前まで高揚と興奮に支配されていた思考が、今は怒りへと転化する。
「ふざけるな……! 誰に向かって――」
怒鳴りかけたその瞬間、観測士の声が重なる。
「中将、いいから! あれは本物です!」
その言葉に、ブリッジ内の空気が凍りついた。
「観測装置が……追いつけません。距離、速度、エネルギーすべてが異常値。これは、兵器ではありません……!」
観測士の指は、震えるままに中空のスクリーンを指し示す。そこには、巨影が映っていた。
全長数キロを超える漆黒の輪郭。紅の脈動。模擬バハムートとは比べものにならない、“本物”の威容。
しかも、こちらに向かってきている。
「もう遅い……もう、止まらない……!」
それはただの呟きではなかった。
死を目の当たりにした者だけが知る、真の恐怖。その声に、誰も反論できなかった。
演説は終わった。正義も、信念も、名誉も――すべては、一撃で剥がされた。
そして今、全艦を覆うのは――
“圧倒的な死の影”。